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あなたのおじい様の戦争体験を教えて その25

1 :1:2010/05/08(土) 13:43:10 ID:JXG1JHba
前スレ
あなたのおじい様の戦争体験を教えて その24
http://anchorage.2ch.net/test/read.cgi/army/1261932396/

関連スレ
じいちゃん達の戦争体験を語るスレpart2
http://schiphol.2ch.net/test/read.cgi/war/1226298120/

爺さんの体験談代筆スレッド 巻の二
http://tsushima.2ch.net/test/read.cgi/korea/1203163779/


2 :名無し三等兵:2010/05/08(土) 13:45:00 ID:???
四十年勤め上げた會社を退職し早二十年、何やら張り合いの無い日々を送る内、
大學生 の孫に「退屈しのぎに遣って見たまへ」と勸められた弐チヤンネル。
當初は「こんな電腦掲示板、何たる幼稚加減」と莫迦にしてゐたものの、
遣つて見ると存外に面白ひ。

華やかな色彩の髪と目を持つうら若き乙女に「ゆとり乙」と何度と無く罵られるにつけ、
食ふや食はずやで慌しく過ぎ去つた學生時代が自ずと思ひ返され、
「戰爭さえ無ければ、小生もこのやうな青春が送れたやも知れぬ」
と獨りごちることも屡々。

すつかり虜となつた今では、孫の部屋から白銀色の電腦計算機をせしめては
書齋に篭もり 存分に「祭り」を堪能する毎日を送つている。
「小四女兒遺棄事件」なるスレツドを拜讀した際には、その餘りに不憫な境遇と過酷な
運命に落涙し、臺所で葱を刻む家内に「かような理不盡が許されていいものか!」と
熱辯を振るって呆れられる始末。年甲斐もない、とはこのことと後で赤面することしきり。

下手の横好きとは云へ「繼續は力なり」の言葉通り、最近ではブラクラの回避やコピペの
管理にも慣れ、「好きこそものの上手なれ」を座右の銘として弐ゲツトに勵んでいる。
同年代の友人達が癡呆や重い病に惱まされるなか、老いて尚矍鑠としてオフ會に向かえるのも、
ひとえに弐チヤンネルのおかげかと思えば、再三に渡る「半年ROMつてろ」の罵り文句も、
何やら「まだまだ死ぬには早いよ」と言われているやうで愉快極まりない。
ひとつ間違えれば自らが乗り込んでいた機體と同じ名前を持つコテハンに出會える日を
樂しみにしつつ、今日もデスプレヱに向かう。

それでは、弐ゲツト。

3 :名無し三等兵:2010/05/10(月) 07:30:56 ID:???
新スレ誰も来ないな…

4 :名無し三等兵:2010/05/10(月) 13:12:47 ID:???
前スレもそうだったけどネタが無いと停滞するからな
一度流れ始めると一気に流れたりするが

5 :名無し三等兵:2010/05/10(月) 13:17:02 ID:???
ハン板に自称塾生が湧いてた、
岩国藩の藩主の分家だって言い出してたw

6 :名無し三等兵:2010/05/10(月) 22:06:07 ID:???
そろそろ、戦争体験を語れるおじいちゃん自体も減ってるからね。
たまにネタが投下されたら、骨の髄までしゃぶりつくすくらいじゃないと。

7 :名無し三等兵:2010/05/11(火) 09:33:57 ID:zpHy3IJ2
火葬場で見たばあちゃんの骨は、ほとんど形なかったけどなぁ
なんか台の上に白いものがところどころ残っているって感じ
あれって骨壷に一部だけしか入れないから火力強めって事だったのかしら?

関東だと全骨を入れるから、全身標本みたくきちんと出てきたと友人が言っておったが

8 :名無し三等兵:2010/05/11(火) 12:46:03 ID:???
うちは香川だけど同じ感じだったな。

亡き祖母は、昔俺がWL飛龍作ってるのを見て「戦争が終わった頃こんなんで遊んでたら
コラ!言うて叱られたもんやで」とか言ってたなァ・・・

9 :名無し三等兵:2010/05/11(火) 14:40:32 ID:goQfMapo
ひょんな事から
矢矧にて天一号作戦を17歳2ヶ月で戦い生き残った方と
知り合った 私が通りますよっと

10 :名無し三等兵:2010/05/11(火) 17:26:11 ID:???
>>9
あなたのような方をお待ちしておりました
是非、詳しいお話を聞かせてください。

11 :名無し三等兵:2010/05/11(火) 18:18:41 ID:goQfMapo
それでは

その方とは20年程前から仕事上での知り合いでした
何年か前の金融危機問題で私の会社も少々損害があり
その方も失職 信用組合理事長でした
最近殆ど会うこともなかったのですが
今日突然に相談したい事があるとの事で見えました
コピー用紙を20枚程お持ちで 表紙に
〔天一号作戦記録〕
私は17歳2ヶ月で沖縄特攻艦隊の戦闘員として戦艦大和と共に戦った
巡洋艦 矢矧 乗組
元海軍二等兵曹
○○ ××
とあるでは有りませんか!!!



12 :名無し三等兵:2010/05/11(火) 18:25:04 ID:???
>>11
ワクワク。

13 :名無し三等兵:2010/05/11(火) 18:44:31 ID:goQfMapo
事後承諾を頂けるものと確信して

はじめに
年の流れは早いもので、昭和20年8月15日の終戦から65年が過ぎた。
海軍に入ってから67年が過ぎ、沖縄特攻作戦に参加してから65年が
経過した。
私も80の坂を越した。戦艦大和と共に沖縄作戦に参加し 大和の最後
を見届けた生き証人としての生存者も残り少なくなってきたし、語り部
として、書き残すこととした。戦後 復員は、戦争体験については話す
機会もなく又特別話したいとも思わなかった。それにはいくつかの理由も
あるけども、次のことが重くのしかかっていたのかも知れない。

14 :名無し三等兵:2010/05/11(火) 19:04:10 ID:goQfMapo
ひとつは、海上特攻艦隊の戦闘員として出撃しながら「生きながらえて
帰った」ことの自己嫌悪があった。生きて帰らぬ「特攻」の名のもと
一日の戦闘、それも数時間のうちに、3,721名の戦友を亡くした。
その遺族に対する済まぬ気持ちがそうさせたのかも知れない。
それに特攻の失敗と 特に大和沈没の機密漏洩を恐れての処置からか
軍部は、生還した我々を上陸させることもなく、佐世保港外の横瀬島の
仮兵舎に監禁?した。
それと3,721名の戦死者については、特攻攻撃の命令を下しながら只の
1名も特攻戦死扱いをしなかった。なぜか?
私が言いたいのは、当時の戦況からして、作戦そのものが特攻であり、
その時すべてが特攻であったと思う。

15 :名無し三等兵:2010/05/11(火) 19:24:55 ID:goQfMapo
連合艦隊にいる身としては明日は我が身と常にかんじていた。
それが結果において、戦死の戦友については一人も特攻扱いの二階級特進
に任ぜられることはなかった。戦後の記録では航空特攻は3千余名その他
1千名と聞く。我々の「連合艦隊」最後の特攻艦隊、大和以下10隻の作戦は
どう評価されたのか?
航空特攻については軍令部の「天一号作戦」発令による命令特攻であった。
数時間の戦闘で、3,721名の戦死は余りにも多すぎたのか?−−−と
勘ぐりたくもなる。

以上で
序は終わりです

16 :名無し三等兵:2010/05/11(火) 19:34:28 ID:???
B級グルメすれにすんべ。

17 :名無し三等兵:2010/05/11(火) 19:48:58 ID:???
私は76才の老人で自分が東京大空襲から生還した者です。で、お爺さんの
戦争体験は日露戦争の奉天会戦です。
祖父は騎兵下士官でロシア軍の狙撃を受けて首に貫通銃創を受けました。
左右に1センチでもずれていたら頚動脈か、頚椎をやられて名誉の戦死でし
た。
抗生物質の無い時代に助かったのは寒い満州だからだそうで、気温が高けれ
ば当然壊疽になっていたとのこと。
まあ勝った戦いですから祖父にとっては自慢話の種です。
父は習志野の野戦重砲の下士官でしたが、日中戦争が始まる前に退役してし
まい戦争体験はありません。
息子はプラモデルが好きで、平気で日米英の戦闘機を作っていますが、私は
ちょっとと思っています。

18 :名無し三等兵:2010/05/11(火) 20:05:51 ID:???
>>15

+   +
  ∧_∧  +
 (0゚・∀・)   ワクワクテカテカ
 (0゚∪ ∪ +
 と__)__) +

19 :名無し三等兵:2010/05/11(火) 21:22:10 ID:???
ID:goQfMapoさん。
どうもありがとうございます。

20 :名無し三等兵:2010/05/11(火) 21:28:29 ID:???
>>17
ご自身の体験も語っていただけたら幸いです
期待してます

21 :名無し三等兵:2010/05/11(火) 21:34:04 ID:???
>>17
奉天会戦ですか。
是非とも聴きたいです。

22 :名無し三等兵:2010/05/12(水) 00:10:48 ID:???
お、なんだ。突如盛り上がってきたな。
さいわいスレの進みも遅いので、ゆっくりじっくり聞かせて下さい。

23 :名無し三等兵:2010/05/12(水) 10:36:06 ID:corM/lf7
矢矧生き残りの続きです

コピー用紙の表題を見た瞬間ドキッとしました。私の認識では、矢矧は爆沈して
生存者は殆どいない でしたから。早速あるものをとりに二階へと走る私。
戻ってきた手には未完成の「世界の艦船 連斬矢矧」のフルコンプリート一箱。
絵を見て「私は四分隊(測的分隊)に配置され、菊水作戦では左管制器付き、分隊派遣の
派遣の艦橋伝令の配置。この艦橋の後ろ甲板で旗手をしてました」

24 :名無し三等兵:2010/05/12(水) 10:59:25 ID:???
変なのが来るかもしれないのでsageを進言します
(E-mail欄にsageと入れていただければ)

25 :名無し三等兵:2010/05/12(水) 11:15:24 ID:corM/lf7
一枚に約900字で19枚プリントしてあるが、残念乍一太郎で入力してある。
私は一太郎は全く判らない。仕事がMacメインのためです。
一太郎のデータもtext書類に変換できるのか知らん?
ご本人は 
「海軍特別練習兵」(海軍特別年少兵)2期生として18年7月佐世保第二海兵団入隊
卒業と同時に「横須賀海軍砲術学校」測的科測的班 普通科 特第二期生となる
横砲卒業時に恩賜の時計授与された 所謂トップ卒


26 :名無し三等兵:2010/05/12(水) 13:25:14 ID:???
とりあえずE-mail欄にsageを入れて、後は名前欄に「矢矧の人」とでも入れてもらえると判別しやすいのでありがたいです
できれば名前の後ろに「#(何か適当な言葉)」と入れてもらえればなり済ましも防止できます

>>25
一太郎を起動できる環境があるのならコピー&ペーストでメモ帳に張り付ければいいと思います

27 :矢矧の人:2010/05/12(水) 14:55:18 ID:???
>>26
有難う御座います

 続きをどうするか、協議します。
暫くお待ち下さい。

28 :名無し三等兵:2010/05/12(水) 17:48:34 ID:???
お待ちしております。

29 :名無し三等兵:2010/05/12(水) 20:39:11 ID:???
郵便局でとなりのおじいさん二人が話していたのを
聞き耳立てて聞いた話。

「終戦まで台湾で偵察機で偵察員していたので、
 (ほとんど実際の戦闘経験は)無いのですよ。
 それで、終戦でしばらくは(捕虜収容所)にいて、
 半年ほどして、やれ日本に帰れるとなって、帰国の準備をしていたら、
 部隊の中で捕虜虐待の嫌疑がかかって、
 私の部隊だけ台湾に残された。」
「それで、本当に虐待はあったのですか?」
「(ちょっと怒った声になり)知らないよ、戦争だし解らないよ。
 とにかく、周りの皆が帰国していくのに残されて、残念だった」
このような話を横で聞きました。

30 :名無し三等兵:2010/05/13(木) 21:06:18 ID:???
お袋の叔父さん、4年間シベリアに抑留されていた。
帰国したてのころは母親に対して、「働かざるもの
食うべからず」とか吐いていたらしい。洗脳はあった
みたいね。

31 :名無し三等兵:2010/05/13(木) 21:33:18 ID:???
シベリヤ帰りで洗脳されたと言えば
三波春夫さんもだいぶ洗脳されたと、ご本人が言っていましたね。

32 :名無し三等兵:2010/05/13(木) 23:21:26 ID:???
>>30
>働かざるもの食うべからず
いやいやw 洗脳されなくても普通の考えだろw

33 :名無し三等兵:2010/05/14(金) 00:04:45 ID:???
>>30
それ一般常識だからw
しかも聖書の言葉なんだなこれが

34 :名無し三等兵:2010/05/14(金) 02:56:19 ID:???
うちのじいさんもシベリア帰りで「働かざる者食うべからずってな」とか言ってたが
なんかニュアンス的に「働かざる者(弱って動けなくなった奴)食うべからず(配給はやらん)」みたいな言い方してたな
今度田舎帰った時にでも詳しく聞きなおしてみるが

35 :30:2010/05/14(金) 03:37:40 ID:???
体が悪くて働けない母親に対して言っていたそうな。
しばらくして真人間に戻ったらしい。

36 :名無し三等兵:2010/05/14(金) 03:40:42 ID:???
シベリアの労働収容所帰りより、中国共産党の捕虜になって「教育」を受けた
方が偏向が強いって聞いたことがあるんだけど、経験者を見たことある人は
居ないかな?

37 :名無し三等兵:2010/05/14(金) 04:26:40 ID:???
>>36
うーん、洗脳受けても、日本の復興を見て帰国後すぐに洗脳が解けたというから
リアルで見た世代ってかなり限られると思う。

38 :名無し三等兵:2010/05/14(金) 14:59:49 ID:???
>>37
日教組が中帰連の「証言」巡業を学校でやってるから、日教組の強い公立学校に
通っていたら、遭遇してるかもしれない。
私の実家辺りでは、「集落」の意味での本来の用法に沿った「部落」を使い続けていて
校歌斉唱も国旗掲揚もやっていた保守県だったから、そういう見世物には縁が無かった。

39 :名無し三等兵:2010/05/15(土) 16:24:38 ID:???
うちのじい様は満州かどこかへ行ったあと、久留米で学校の教官やってた。
早くに死んじゃったから詳しいことはまったく聞けていない・・・

で、スレ違いなんだけどばあ様のお兄さん?が硫黄島で戦死したそうだ。
こんなド田舎からも硫黄島へ行く人いたんだーと思った。
おまけにちょっと不思議な話で、ちょうど終戦の2ヶ月前、その人が挨拶にきたそうだ。
でも硫黄島の戦いはとっくの昔に終わっているし、戦死したはずじゃ・・・!?

昔の人は「いおうじま」じゃなく「いおうとう」って言うんだね。

40 :名無し三等兵:2010/05/15(土) 17:28:21 ID:???
アメリカのアホダラが読み間違えただけで、今でも「いおうとう」だよ。

41 :名無し三等兵:2010/05/15(土) 17:32:31 ID:???
鹿児島県の硫黄島(いおうじま)
http://map.yahoo.co.jp/pl?type=scroll&lat=30.785867459599373&lon=130.30708357367106&z=10&mode=map&pointer=on&datum=wgs&fa=ks&home=on&hlat=30.347918227345&hlon=130.52406355414&layout=&ei=utf-8&p=

東京都の硫黄島(いおうとう)
http://map.yahoo.co.jp/pl?type=scroll&lat=24.78837230090738&lon=141.320877518983&z=10&mode=map&pointer=on&datum=wgs&fa=ks&home=on&hlat=30.347918227345&hlon=130.52406355414&layout=&ei=utf-8&p=


42 :名無し三等兵:2010/05/15(土) 17:57:39 ID:???
>>39
住民の呼び方が「いおうとう」で、元住民の要望で国土地理院に登録されている
正式な呼称も、つい最近「いおうじま」から「いおうとう」に変更された。

43 :名無し三等兵:2010/05/15(土) 20:24:00 ID:???
長崎にもいおうじま (伊王島) が。

44 :39:2010/05/15(土) 20:45:35 ID:???
確かにばあちゃんは「いおうとう」が正しい呼び方って言ってました。
正式な呼称もそちらに変わったんですね。ありがとうございました!!



45 :名無し三等兵:2010/05/16(日) 20:24:40 ID:???
ナイフの銘柄にも Iwojima があったろ。

46 :名無し三等兵:2010/05/18(火) 20:34:03 ID:???
私の高祖父(母方の祖母の祖父)は生粋の軍人一家出身で
モールス信号が出来たためしょっちゅう戦地に送られていたそうです
あまりにしょっちゅう戦地に送られるため
「あの人は何か悪いことをしてそのせいで戦地に送られている」
という噂がたつほどだったらしく
詳しくは分かりませんが日露戦争や第一次大戦にも行った可能性があるとか


そんな高祖父は第二次大戦のあとシベリアに抑留され
アルコール中毒になり帰国してからも結局アルコールが手放せず
最後は野垂れ死にだったと聞いています

ちなみに高祖父は那須の勤務でかなり高い階級にまでなったとか……

47 :名無し三等兵:2010/05/19(水) 00:05:16 ID:???
合掌。

48 :名無し三等兵:2010/05/21(金) 22:47:50 ID:???
建前だの美化だのなんと言われようが白色人種の世界支配の野望に真っ向から
立ち向かい大東亜共栄圏に八紘一宇の大理想を掲げた先輩方を尊敬し誇りに想う気持ちは変わらない。


49 :名無し三等兵:2010/05/22(土) 01:26:08 ID:???
>>48
つか、露骨な人種差別と闘ったというのは紛れもない事実なんだよね。
戦後になって世界的にもかなり改まったせいで知られてないけど。

50 :名無し三等兵:2010/05/22(土) 10:38:37 ID:???
ほんとマジな話日清日露大東亜戦争の凄まじさとか戦後のソニーやトヨタを始めとする優秀な
メイドインジャパン製品のブランドの確立とか勤勉で真面目な国民性と
高度成長期に経済大国日本のイメージとかこういった日本の働きがなきゃ
たとえどんな平和な時代がこようとも東洋人のイメージ=中国人で
なめられまくりだっただろうな。


51 :名無し三等兵:2010/05/22(土) 16:23:29 ID:???
そうだね
諸民族平等の原則を提案してもアメリカに邪魔されちゃったしね。

52 :名無し三等兵:2010/05/22(土) 20:26:08 ID:???
と、妄想してる間に、アメリカは黒人が大統領だけどな。

53 :名無し三等兵:2010/05/22(土) 21:07:05 ID:???
今更ねw


54 :名無し三等兵:2010/05/22(土) 21:08:51 ID:???
それでもアメリカで黒人奴隷が解放されてから140年以上すぎての快挙だしな

55 :名無し三等兵:2010/05/23(日) 08:56:50 ID:???
リンカーン「奴隷を解放します」
黒人「開放するのはいいけど、仕事とか生活の保障は?」
リンカーン「・・・・・・」
その後の歴代大統領「・・・・・・」

1970年代までこんな感じ

56 :名無し三等兵:2010/05/23(日) 09:06:31 ID:???
ハルノート突きつけられた時逆に黒人の権利と人種差別撤廃に植民地解放を
突きつけたらよかったのに

57 :名無し三等兵:2010/05/23(日) 21:28:40 ID:???
>>56
黒人? 何の話? 白人以外が程度の多少の違いはあっても
全般に差別されてたんだけど、根本的に勘違いしてない?

58 :名無し三等兵:2010/05/23(日) 21:45:49 ID:???
白人による黒人差別は宗教的な観点から言って尋常じゃない。
白人から見て黄色人種への差別はあくまで見下すとか侮蔑とかその程度の
レベルだけど黒人に対しては殺意すら覚える人間がいる。
KKKみたいな組織が存在してる事実

59 :名無し三等兵:2010/05/24(月) 00:58:28 ID:???
スレチ

60 :名無し三等兵:2010/05/25(火) 17:35:43 ID:???
今から25年ほど前にカナダへ行ったのだが
その時に二人の朝鮮系カナダ人と話をしたんだ
一人はバンクーバーの小物売り場のオーナーで、オレのタドタドしい英語から日本人と思ったようで
訛りのある日本語で話しかけてきた
中学校時代の社会科の教師がバリバリの共産党員だったので
オレはその朝鮮系カナダ人が日本人の小僧に対して文句でも言ってくるのかと身構えたんだが
予想に反して非常に好意的だった
二人目はモントリオールの売店で働いている朝鮮系カナダ人だった
ケベックはフランス語なので全く話せず、相手も英語が殆ど分からなかったので会話は混迷を極めていたのだが
その時にその人が「日本語を話せますか?」と比較的流暢な日本語で話しかけてきたんだ
その人は、戦前戦中を朝鮮半島で日本人と一緒に日本人の先生の授業を受けたと言っていた
その人が言うには、朝鮮人だとバカにされた事は無かったと言っていた
そして、日本人と喧嘩になっても先生は決して贔屓はせずに悪い方を叱ったと言っていた
二人の朝鮮系カナダ人と話をした事で
オレが中学校で教わった話は何だったんだろうと思うようになり
それ以降、自分なりに戦前戦中の日本を学ぶ気になったんだ。
長文すまん。

61 :名無し三等兵:2010/05/25(火) 20:29:30 ID:???
昔の韓国の大統領だかが子供時代日本統治時代田舎の農家で義務教育を推し進めてた
政府の方針と対照的にその人んとこ含め親連中は大事な労働力である子供を学校に行かせたくない風潮の中
日本人の役人が「日本でも朝鮮でも次代の国を担う子供に大切な教育を受けさせないとは何事だ!」
と言われ嫌々行かされたとこ成績がいいので日本人の教師がもっといい学校を
推薦してくれてまたそこでも日本人に褒められてとかやってくうちにとんとん拍子に
エリート教育受けさせてくれたなんて話を聞いたことがある


62 :名無し三等兵:2010/05/26(水) 00:09:47 ID:???
>>61
朴正煕だろう。

63 :名無し三等兵:2010/05/26(水) 15:02:23 ID:???
日本の植民地政策は欧米の植民地政策と根本的に違ってたからね。

64 :名無し三等兵:2010/05/26(水) 16:07:30 ID:???
パクチョンヒ大統領を売ったKCIA部長も、元日本陸軍の整備兵だったしね。

65 :名無し三等兵:2010/05/26(水) 18:49:45 ID:???
倒産寸前の隣の会社を土地建物従業員込みで吸収合併し従業員教育から
何から何まで1から指導し直しさらに資金投入までした日本と
敵対的に会社を乗っ取り重役をほとんどリストラし従業員をあくまで下請け
の末端として搾取し続けた欧米

66 :名無し三等兵:2010/05/26(水) 19:59:51 ID:???
(スペイン・ポルトガル)、英国・フランス・オランダ・アメリカ・・・ の植民地経営も
まるで違うから一括りにせんほが・・・

67 :名無し三等兵:2010/05/26(水) 20:12:35 ID:???
それらの国々の経営方法は異なると言うよりも時代が違うんじゃねえの?

68 :名無し三等兵:2010/05/26(水) 23:45:38 ID:???
メキシコに住み着いたアメリカ人が独立を宣言

メキシコは軍隊を送って、アラモ砦のアメリカ人全滅

「リメンバー・アラモ」を合言葉にアメリカはメキシコと戦争

アメリカが勝利。カリフォルニアやテキサスがアメリカ領に。

カリフォルニアから金が出てゴールドラッシュ、
テキサスからは今も石油が出続けている。

メキシコ大統領の言葉 「かわいそうなメキシコ。あまりに神から遠く、アメリカに近い」



スペイン支配化のキューバで独立運動、アメリカのメディアは、スペイン軍が独立派を虐殺していると報道

アメリカの戦艦メイン号を自国民保護の名目でキューバへ派遣、スペインの反対を無視して入港

メイン号、停泊中に謎の爆発で沈没、アメリカの新聞はスペインの仕業と書きたてる

スペインは両国合同の事故調査を提案するがアメリカは拒否

「リメンバー・メイン」を合言葉に、スペインに宣戦布告。
この時、すでに戦闘は始まっていたので、アメリカ議会は布告日時を5日さかのぼらせた

アメリカが勝利し、キューバ独立。実質、アメリカの支配下に(その搾取が苛烈だったので、後のカストロ革命につながる)


69 :名無し三等兵:2010/05/27(木) 09:40:23 ID:???
>>61
その大統領の下で大臣やっていた人がじいちゃんの知り合いだった
当然、日本語ペラペラで、よくお忍びで日本に来ていたらしい
日本大好きだったから
でもその人の家族は今は韓国に残っていない
みんな留学や結婚で海外へでちゃった
韓国はいろいろあったからね…

70 :名無し三等兵:2010/05/27(木) 20:54:55 ID:???
>>69
今の韓国はまともな神経持った国民が普通に暮らせない国だからね・・・
いわゆる軍事政権時代が全部悪かった訳ではなくて、赤化の防波堤でもあったんだけど
それを覆した結果が今の体たらくだもんな。

71 :名無し三等兵:2010/05/27(木) 21:27:14 ID:???
未だに徴兵制だしね。
その代わり、韓国の男性は皆体つきが良い。
昔の日本もそうだったんだろうね。

72 :名無し三等兵:2010/05/28(金) 05:57:28 ID:???
以前一度こちらに書かせていただいたんですが(と言っても2〜3年前)
私のじい様は歩兵23連隊の生き残りでした。
2等兵で入営して、終戦時は少尉でした。
終戦後、マラリアを患いながら帰還しましたが、昭和40年代に事故で亡くなるまで、戦争の話は一切しなかったそうです。

最近、中国戦線の戦闘記録がびっしり書かれた軍人手帳やら、都城連隊の営舎や中国でのスナップ写真やらが大量に出てきまして。
しかるべき場所に寄贈して鑑定や戦史研究などに役立てていただければと思っています。
参考までに、どのようなところに持ち込めば、鑑定や研究に生かしていただけるか、伺いたいのですが・・・

73 :サロメおたぁ ◆wHb3.gs/E2 :2010/05/29(土) 00:41:07 ID:???
昔のアメリカは白人内部の差別も酷かった 特にアイルランド系
移民の世代がすすむに連れどんどん平均身長が下がっていったほど
栄養失調でね
ケネディも結局暗殺されたし

74 :名無し三等兵:2010/05/29(土) 01:40:17 ID:???
区別を通り越して差別を持ち込んだキリスト教徒の思想には世界中で迷惑してまんなあ

75 :名無し三等兵:2010/05/29(土) 13:50:26 ID:???
世界中に出かけてキリスト教を広めたヨーロッパだが
最近では同化しないイスラム教徒の処遇に困っているみたいだね


76 :名無し三等兵:2010/05/29(土) 18:43:40 ID:???
>>74
あなたの言う「キリスト教徒の思想」って具体的にはどんなん?
教えて。
できれば、参考文献や出展付で。

77 ::2010/05/29(土) 20:51:21 ID:???
クリスチャン参上w

78 :名無し三等兵:2010/05/29(土) 23:57:11 ID:???
>>72
とりあえず地元の大学とかで聞いてみたら?

79 :名無し三等兵:2010/05/29(土) 23:59:04 ID:???
>>76
各国の植民地化の先兵として大活躍したことが「思想」の内に入るのかな?

80 :名無し三等兵:2010/05/30(日) 11:39:49 ID:???
白人
「遠い異国に行ってきましたがそこに肌の色の違う人間らしき?生き物がいたんですが
あいつらはどうしましょうか?」

ローマ法王
「きやつらは神のご加護を受けてる我々とは全く違う生き物だから
煮るなり焼くなり何してもおk」


区別や差別通り越して識別してたのが当時の白人キリスト教国家

81 :名無し三等兵:2010/05/30(日) 14:50:01 ID:???
>>80
ルイス・フロイスもこんな感じで日本に来たのかもしれんが
その時に彼と逢ったのが信長だもんなぁ
ルイス・フロイスはたまげただろうなぁ
うっかり信長の機嫌を損ねたりしたら、自分達が煮たり焼いたりされちゃうもんな。

82 :名無し三等兵:2010/05/30(日) 15:37:08 ID:???
>>81
そもそも新大陸の場合 先に白人が持ってきた病原菌で文明国家が衰弱していた
旧大陸でもある程度の規模をもつ国家に対しては西欧勢力はなかなか征服できなかったし
キリスト教も根付いてはいない

例えば東南アジアでは部族国家程度だったフィリピンやインドネシアの一部くらいだろ
布教が根付いたのは
インドシナや朝鮮みたいな弱小でも制圧できていない
インドシナだって産業革命後にやっと征服だしね
日本なんて絶対征服できたはずないw現実にイスパニアやポルトガルの援助受けてた大友は
キリシタンアレルギーの島津に滅亡寸前に追い込まれたしw

83 :名無し三等兵:2010/05/30(日) 16:11:24 ID:???
ぶっちゃけ産業革命以前の欧州はよくて中堅れべるだからね
純粋な軍事力でも島津家vsイギリス、武田家vsフランス
とかでも勝てたのではと本気で思う

84 :名無し三等兵:2010/05/30(日) 16:37:54 ID:???
>>83
島津は半島において殿軍務め 追っ手の大群殲滅してますからね
マジでジャカルタやルソン征服できてたでしょう単独でw

85 :名無し三等兵:2010/05/30(日) 17:25:30 ID:???
>>84
すると、日本が400年程前に海外進出に本腰を入れていれば
世界の共通語が日本語になってた可能性があるのかな?

86 :名無し三等兵:2010/05/30(日) 18:37:24 ID:???
やっぱ本能寺が歴史の転換点だな
信長の性格上天下統一後海外進出は必然だったし外洋航海能力に長けた
南蛮製の船を輸入するなり船大工留学させるなりしてそのうち日本独自に
船つくって海外進出で大英帝国と覇権争いしてたろうな

87 :名無し三等兵:2010/05/30(日) 18:48:47 ID:???
保守的な徳川が天下取ったのがその後の日本の命運を分けたね
まあプラス思考で見るなら鎖国したからこそ良かった点も多々ある。
そうでなければ数多の海外の文化が流入してきてかなり違った国になってて
鎖国日本が育んだ江戸や大坂の町人文化の浮世絵歌舞伎落語とかあったかどうか

88 :名無し三等兵:2010/05/30(日) 19:00:21 ID:???
スレチ

89 :名無し三等兵:2010/05/30(日) 19:46:58 ID:???
>>88
まぁ、そう固い事をおっしゃらずに
おじい様のおじい様のそのまたおじい様のお話だと考えれば
強ちスレチではないと謂う事でどうかおひとつ。

90 :名無し三等兵:2010/05/30(日) 19:53:59 ID:???
スレチ・ガイ(1880〜1958)


   99
  9999
 9(スレチ)9
 9((()))))9 
999()()999





91 :名無し三等兵:2010/05/30(日) 21:30:56 ID:???
>>80
冗談になってないからね。
そういう要素を抜かしちゃったら、歴史的な事柄を公平に認識することはできないんだよね。


92 :名無し三等兵:2010/05/30(日) 21:33:37 ID:???
>>85
無理無理。
占領政策が下の下で反発されまくった挙げ句、風土病でバタバタ倒れて消滅が落ち。

93 :名無し三等兵:2010/05/30(日) 21:37:42 ID:???
>>86
何千年来米作り一本槍できてたんだから、牧畜狩猟系統のような
「手慣れた上手い飼い方」ができなくてダメになるのが落ちっしょ。
          ↑
  植民地政策って煎じ詰めたらこれじゃない。

94 :名無し三等兵:2010/05/30(日) 22:08:42 ID:???
ローマ帝国やモンゴル帝国オスマン帝国などの軍事力を背景にした大幅な領土拡大国家や
中世以降の世界中を植民地にし大帝国を築き上げた欧州各国など歴史上他国を
征服し一時代を築き上げた例がいくらでもあるのにあまりにも日本に対して自虐的だし
過小評価しまくってるな。
戦後日本人は自信持たないよう自虐的思想になるよう教育されたと聞くが
ほんとそう思うわ。


95 :名無し三等兵:2010/05/30(日) 22:39:58 ID:???
>>92
おおよそ百年に亘って続いた戦国時代を戦い抜いて生きた
当時の戦国武将はそれほど軟では無いんじゃないの?
占領地で反発を食らうのは当たり前だし、信長の叡山焼き打ちや一向一揆弾圧を知れば
それほど不可能だとも思えんがな。

96 :名無し三等兵:2010/05/30(日) 23:08:32 ID:???
>>94
客観的に観察できないようじゃ、いつまで経っても何をやってもダメ。

>>95
武力だけはね。それだけじゃ持つわけがないんだから。
「手慣れた上手い飼い方」ができないのが致命的。

97 :名無し三等兵:2010/05/30(日) 23:50:48 ID:???
>客観的に観察できないようじゃ、いつまで経っても何をやってもダメ。


客観的に観察するのと日本はこうだからこうだめになりああだめになりと
すべてマイナス思考に考えるのとは違う。
そして日本人が素直に客観的に観察した結果が日本の繁栄に結びついた。

>武力だけはね。それだけじゃ持つわけがないんだから。
「手慣れた上手い飼い方」ができないのが致命的。


武力で強引に統治した例も多々あるし「成功したとは言わないが」
朝鮮出兵の例があるからそう考えるのも仕方ないがあれだってボケ老人秀吉の
ろくに作戦練ってないようなやり方で苦戦しただけで
「まあ明史には秀吉死ななかったら負けてたろうと言う記載があるが・・」
日本の戦国時代が武力のみの力任せの戦ばかりじゃないと言うのは承知の事実だし
そもそも日本が手馴れた上手い飼い方できない前提で語るのはどうかと・・・
まあなんにしてもそれこそ白人国家のように成功と失敗を繰り返し植民地経営のノウハウを
築き上げていくわけだから日本だけが絶対に失敗すると言う前提で語るのは
やめてくれないか。


98 :名無し三等兵:2010/05/31(月) 00:18:56 ID:???
>>97
いや、だから、適性が全く欠けてるんだから、植民地を統治するなんて
分不相応の妄想は最初から懐かないのが賢明というだけのこと。
現にそんな妄想は捨て去って、曲がりなりに来てるわけで。
何でそれがマイナス思考ということになるのか意味不明なんだけど、
何か根本的に勘違いしてない?

99 :名無し三等兵:2010/05/31(月) 10:14:58 ID:???
>いや、だから、適性が全く欠けてるんだから、植民地を統治するなんて
>分不相応の妄想は最初から懐かないのが賢明というだけのこと。

だからはなから適正云々ないと決め付けるなっての。
極東の小さな島国が明治維新やって日清日露に勝って戦後経済大国になるなんて
昔主張してたら鼻で笑われるような事成し遂げた例もあるんだし


>現にそんな妄想は捨て去って、曲がりなりに来てるわけで。
>何でそれがマイナス思考ということになるのか意味不明なんだけど、
>何か根本的に勘違いしてない?


まあスレ違いの流れに乗っかる俺も褒められたもんじゃないが
歴史にIFはないと言うがあえてそれを妄想して楽しむのも歴史の
楽しみでもあるがあなたのレス見てて次から次へとあまりに過小評価しすぎ
なのに疑問を感じたもんでね。
まあ十人十色様々な意見があるからなんとも言えないけど極度な保守的思想の
徳川の鎖国政策ではなく信長だったら・・・
と決して不可能ではない話を机上の空論で終わらせれば言いだけの事

100 :名無し三等兵:2010/05/31(月) 12:20:22 ID:???
スレの流れに乗っからせていただきやすw
てか純粋な軍事力で言えば通常動員能力数万程度の欧州の一国ですらそれぞれ成功してるから
通常動員能力50万あり世界で圧倒的な保有量の鉄砲保有と言う軍事力にプラスアルファ
ヨーロッパみたく経験地積み重ねるだろうし成功しないわけがない
勤勉で柔軟な性質だから本気で植民地獲得競争に参戦してたら東南アジアは確実に
日本商人の影響下で現地人からも貿易で儲けた一流の商人が出現したりして
軍事的にも民度的にもアジアが舐められる状況には陥らなかったかと

101 :名無し三等兵:2010/05/31(月) 14:29:11 ID:???
でも領土にするより商圏押えて 権益擁護のための拠点確保くらいで十分でしょう
宗教や華夷に拘らない日本人なら華僑よりも優位に立てる可能性がある
元和以降の浪人たちと堺や博多の 徳川に乗り遅れた商人層なんかを東南アジアに送れば
華僑ならぬ倭僑の勢力圏は確保できてたでしょうね
明治維新より早く日本にも産業革命起きたかも

残留日本兵なんかも見事に現地に根をおろしてるわけですから

102 :名無し三等兵:2010/05/31(月) 15:43:08 ID:???
ここで山田長政再評価すべきですよ

103 :名無し三等兵:2010/05/31(月) 16:30:13 ID:???
で明治になって現実に直面しふと世界を見渡すと世界中が白人の奴隷状態で
帝国主義だのロシア南下だので焦って色々やって大東亜戦争へと続きましたとさ


104 :名無し三等兵:2010/05/31(月) 16:53:53 ID:???
久し振りにスレが伸びてるとよろこんで見て見れば・・・
お前らまとめて消えろ!

105 :名無し三等兵:2010/06/01(火) 04:11:46 ID:???
>>99
いや、維新後の成長は、幕末期に短期間在住しただけの外国人でも、
見るべきところが分かってるいわゆる具眼の士はちゃんと見通しているから。

その延長で押し通すこと自体が、統治の適性に全く欠けてるということ。

106 :名無し三等兵:2010/06/01(火) 10:30:11 ID:???
>>72
遅レスだけどうちの母方の祖父も写真好きだったんで戦地で撮った写真がずいぶん残ってました。
祖父が機関銃を構えていた写真が印象に残っています。兵技中尉で大陸の兵器廠勤務だったので
動作試験の写真だったのかなぁ、といまは思います。

でも、祖父が亡くなったときと祖母が施設に入ったときにあらかた整理されて…。

軍隊時代の指揮刀(刃無し)も出てきたけどそれも売り払われるし…

(ρ_:)

107 :名無し三等兵:2010/06/01(火) 15:16:37 ID:???
>>106
平成になって22年も経つと
悲しい事ですが、激動の昭和の遺品が失われてしまうのは
仕方が無い事なのでしょうね。

108 :名無し三等兵:2010/06/01(火) 18:32:40 ID:???
>>105


この人なぜそこまで必死に日本の植民地統治の適正に欠けてると言い張るのか謎だ。


109 :名無し三等兵:2010/06/01(火) 18:48:29 ID:???
>>106

本当にほしい人の元にいたほうが遺品も喜ぶよ

110 :名無し三等兵:2010/06/01(火) 20:06:18 ID:???
>>103
信長が本能寺で死ななかった歴史なら明治維新無しで和洋折衷な文明になった可能性はあるんじゃないか?
東南アジアまで足延ばしてる前提なら欧米諸国との接触もあっただろうし
「眠れる獅子がちゃんと目を覚ませたら」くらいの影響力は出てたかもしれない

111 :名無し三等兵:2010/06/01(火) 22:48:48 ID:???
>>108
「因循姑息な発想を根底から改めて開化な発想に切り替えよ」ということじゃよ。

112 :名無し三等兵:2010/06/02(水) 09:52:09 ID:???
俺の先祖が信長の家臣の行き着けの酒場の飲み友達の近所の住人の末裔が勤めてる
会社の上司の担当する取引先の会社の警備員のいとこのはとこの友子の友達はピーよこちゃんだ!

113 :名無し三等兵:2010/06/02(水) 11:08:49 ID:???
>>110
いや日本の勢力圏が東南アジア一帯に広がってることが重要だろ
華僑にとって代わってたかも
華南沿岸部から移民が出て行ったのが清の中期以降
その前に日本が基盤きついている可能性が大きい

なんだかんだ行っても日本人は現地に適応する能力が大きいと思う
旧日本兵しかり 戦後の商社マンしかり

114 :名無し三等兵:2010/06/02(水) 11:42:36 ID:???
1500年代後半の日本が戦国時代の韓国(朝鮮)での歴史記録には
頻繁に倭人や倭寇(日本人海賊)の話があり何度も小規模戦闘があった事実はある。
倭人による諜報活動も相当あり朝鮮ではかなり迷惑していたよう。明も同様と思われ。
日本人海賊が大名達の間諜の代わりをして情報を信長等に売っていたのは当時の流れとしては自然の事ではないか。
当時モンゴルに 信長の密命で間諜 乱破(忍者)として送り込まれ 結局は日本に帰らず
先祖が日本人で信長の手紙を持っていたモンゴル人が発見されたという話は今から30年位前に
テレビのバラエティーニュース番組で見た記憶がある。
おそらくその後 事実などの確実な検証はされずに 風化してしまったお話だと思われ。
諜報活動自体は元々極秘任務であり 残念ながら完全な記録での諜報戦の記録はほぼ残っていないのではないではないか?
その当時 日本の商売人がルソンなど様々な外国に航海して 日本人街を形成していた事を
考えれば相当の数が送り込まれたのではないではないだろうか。



115 :名無し三等兵:2010/06/02(水) 12:39:22 ID:???
>>109
一番寂しいのは蔵前橋の上でランドセル背負って笑っている祖父の幼き日の写真ももうないだろうということ。

千葉県へ越したときにこんな田舎の小学校に通いたくないってごねて元々住んでいた蔵前の小学校に通わせてもらえだんだ、
って自慢していたのが思い出に残っていて…。

スレ違い失礼

116 :名無し三等兵:2010/06/02(水) 13:40:12 ID:???
まあ人が亡くなってその人を知ってる人も徐々に亡くなって忘れ去られてくってのは
有史以来繰り返されてきた事だからねえ・・・
しかしおじいさんも自分の遺品やエピソードに対してここまで思い入れを
抱いてくれる孫がいてくれるなんて幸せ者じゃないか

117 :名無し三等兵:2010/06/02(水) 14:37:40 ID:???
オレの伯父が昭和12年に戦死して靖国神社に祭られているのだが
ある日、内の親父が「生きていた兄貴を知っているのは俺だけになっちゃったなぁ」と言っていた
伯父は、徴兵で陸軍に入隊して直ぐに支那(詳しい場所は失念)に派遣されて戦闘中に爆死したそうだ
戦死報告の後に、じいさんとばあさんは靖国に赴いて白木の箱を持ち帰ったと言っていた
親父曰く「箱には石ころしか入って居なかった」伯父は何でも直撃弾を受けたそうで跡形もなかったらしい
その話を親父に聞いてからオレは親父の代わりに(親父は体が不自由な為)靖国神社に合祀証明書?を発行してもらった
それを親父に見せたら、涙ぐみながらいつまでもその証明書を撫でていた
伯父は満19歳で戦死したので、配偶者も子供も居ないから
せめて甥のオレが伯父さんの事は忘れないようにしようと思う。

118 :名無し三等兵:2010/06/05(土) 21:28:24 ID:???
>>117
ふむ 喜んでいるよ   









 >>112
それ おもしろいと?
まったく つまらん

119 :名無し三等兵:2010/06/06(日) 00:18:55 ID:???
自演乙

120 :名無し三等兵:2010/06/09(水) 11:57:42 ID:???
長い事合ってない知り合いのじいさんが今も存命なんだがなんと226事件に参加したらしい。
凄いやさしくていいじいちゃんだったぞ。
今度話聞きに行きたいな

121 :名無し三等兵:2010/06/09(水) 13:07:08 ID:???
>>120
兵隊としてだとしたら、事件後ずいぶん苦労しただろうに…。

うちの親戚は226の時に非常線張ってる兵隊に追っ払われた程度だからなぁ。

122 :名無し三等兵:2010/06/09(水) 14:20:10 ID:???
柳家こさん(変換できない)師匠も226に参加したらしいね
226事件中に将校に「おまえ落語をやれ」と言われて落語を演じたらしいが
緊張していてまともに話せなかったそうな
それを聞いていた将校が「つまらん!」と言うと「そりゃそうでしょう、演じてるあたしが一番つまらんのですから」
と答えたそうな。

123 :名無し三等兵:2010/06/09(水) 15:52:50 ID:???
うちの爺ちゃんは旧制一中に通学していたもんで、
226の時は学校にいたけれど、途中で帰らされたとか言っていたなぁ。
当日、学校へ行けたというのが不思議だわ。

124 :名無し三等兵:2010/06/09(水) 16:46:00 ID:???
226の時、東京湾に停泊していた戦艦長門の主砲が桜田門に照準を合わせていたらしいけど
罷り間違って皇居に誤爆でもさせたら海軍のお偉いさんは全員切腹だったろうな
それにしても井上成美は本当にぶっ放す気だったのだろうか

125 :名無し三等兵:2010/06/10(木) 00:33:19 ID:???
そういや、「国会議事堂近くの空き地に撃ち込んで照準の調整をして」から
長門の主砲で国会議事堂ぶっ飛ばした仮想戦記があったな。どこに撃ち込ませたつもりだったんだろう。

126 :名無し三等兵:2010/06/10(木) 01:09:07 ID:???
>>125
その手の話は基本ノリともっともらしさだから、本当に空き地があるかどうかは関係なかったりする。
SF大会に参加してみろ、架空戦記作家の面々が酒飲みながらその手の話してるの聞ける事があるから。

127 :名無し三等兵:2010/06/10(木) 05:19:27 ID:???
その世界には空き地があったんだろう。歴史が違えばそのくらいの差は出るさ
って思わないとフィクション楽しめない

128 :名無し三等兵:2010/06/10(木) 07:57:00 ID:mMN9RuX7
無理やり空き地作ったかもしれないし

129 :名無し三等兵:2010/06/10(木) 08:04:29 ID:???
中大兄皇子と中臣鎌足軍の編成と兵力と武器は?

130 :名無し三等兵:2010/06/10(木) 08:39:16 ID:???
>>124
実際ぶっ放されていたら虎ノ門の呉服屋で丁稚をやっていたおじさんはかなり危なかったな

131 :名無し三等兵:2010/06/10(木) 12:52:02 ID:???
「敵兵を捕虜にしたらどう処置すればよいか」と将校に聞かれて
「煮て食います」と即答したら、この子は見所があると激賞された

ギャグで言ったのに…

132 :名無し三等兵:2010/06/10(木) 20:33:28 ID:???
>>122
プロだ、筋金入りのプロだ。

って、ホントにいったら下手すると撃ち殺されるんじゃないかな。

133 :名無し三等兵:2010/06/12(土) 00:39:09 ID:???
先祖の位が従二位でした

134 :名無し三等兵:2010/06/12(土) 16:15:38 ID:???
>>133
それが、爺様の戦争体験となんか関係あんのか?

135 :名無し三等兵:2010/06/12(土) 16:53:45 ID:???
日本人エリートのシナへの留学廃止を決定したそうです

136 :名無し三等兵:2010/06/12(土) 17:10:20 ID:???
贈位されたのかも知れない、戊辰戦争で

137 :名無し三等兵:2010/06/15(火) 01:05:11 ID:???
うちの嫁の話
空襲の後、幸い爺さんの家族は全員怪我一つなく助かったけど、
家が心配になった爺さんが息子である叔父さんに家の様子を見に行かせた
らしい。
あとから爺さんが行くと、青タンを作った息子の叔父さんが、よく分からん
人たちに半焦げになった家から叩き出されそうになってたらしい。
あわてた爺さんはその連中を棍棒でぶん殴って追っ払ったらしい。

しかし後で聞くとこんな風に親を亡くした子どもが、こういう「連中」に家やら
土地を強引に奪われるってことが結構普通にあったようだ。
だから爺さんは死ぬまで半島系の人間は大嫌いだったそうな(笑)
因みに負傷しながらも家を守った叔父さんは、今でも一家の英雄です(笑)

138 :名無し三等兵:2010/06/15(火) 01:07:49 ID:???
>>137
訂正

空襲→東京大空襲

139 :名無し三等兵:2010/06/15(火) 01:28:21 ID:???
そういや父方のばーちゃんは元日赤の看護婦で終戦後は進駐軍?の病院船?で働いてたそうな。
遊びに行ったとき当時の写真ちょろっと見たらGI?との写真があったような。
話し聞いておきたいけど無理だろうな…

140 :名無し三等兵:2010/06/15(火) 05:39:44 ID:???
19歳の春、陸軍特別幹部候補生として飛行学校を卒業、航法士として飛行第62戦隊へ配属。
四式重爆撃機「飛龍」を主体とした特攻部隊だった。800キロ爆弾2本を積み込んだト号機へ搭乗、昭和20年の夏、沖縄周辺にいる米機動部隊にめがけて出撃した。
当日、雲が低く雨のため低空飛行で索敵を余儀なくされた。海面すれすれで敵レーダーから逃れた。
結局、視界不良で敵を発見できず、燃料を使い果たしたので九州の基地に戻れなかった。
不時着したのは徳之島の基地だった。
その後も悪天候が続き、再び出撃できないまま終戦を迎える。
現在85歳の祖父。元気なうちに沢山話を聞いておこう。

141 :名無し三等兵:2010/06/15(火) 12:49:41 ID:???
うちの母方の祖父(故人)は満鉄勤務で、ダイヤグラム作成の指導のために留用されていたらしい。
ソ連軍が進駐してきた際に、近所で兵士による強姦等があったため、当時20歳の祖母は早々に帰国し、
本人も当時の事を周囲にあまり話していなかったようなので、詳しい状況は分からないが、
給料は貰えていたそうだし、留用された人としては恵まれた環境だったようだ。

勤めを終えて帰国の際、一人で担いでいけるだけの荷物しか持っていけなかったので、
ライターのフリントが、かさばらなくて日本で高く売れると聞き、有り金をはたいて買って帰った。
実際フリントは当時で1万円もの大金になったが、ご存じの通り当時は金より物の時だったため、
その金が役にたったのは、だいぶ後になってからだったという。

ちなみに晩年は、時刻表からダイヤ図を書き起こすのを趣味としていた。

亡くなったのが私が小学生の頃なので、今となっては詳しい話を訊けなかったのが残念でならない。

142 :名無し三等兵:2010/06/17(木) 03:13:02 ID:???
随分前になるが爺さんに自衛隊の基地祭に連れて行ってもらった時に
戦時中はボダンコーつうとこの近くで戦ってた事をしったな
デカイ車が見れるとか、祭りだから食い物が(ry
とかに釣られて連れて行って貰ったと思うんだが
気付いたら爺さんが自衛隊の制服きたオッサンと話が盛り上がってて
まだガキだった俺を完全放置してたから未だに覚えてるな

143 :名無し三等兵:2010/06/17(木) 03:21:48 ID:???
牡丹江?
よく帰ってこれたね。

144 :名無し三等兵:2010/06/17(木) 09:44:29 ID:???
>>122
最後のやりとりは寄席で追加したんだろうな。それもまたプロか。

145 :名無し三等兵:2010/06/17(木) 14:50:32 ID:???
43 :本当にあった怖い名無し:2007/12/13(木) 20:24:06 ID:dKLAdvqDO
 男性が短命ってスレが幾つか有ったので火器庫。
 私の家系も似たり寄ったり、曾祖母、祖母、出戻りの母、六人の伯父(母の兄弟は三人)曾祖父は泰緬鉄道工事の際、
流行り病で死亡、祖父はガダルカナル初期に負傷し帰国後死亡。
 二十歳の頃、級友にシャクブクってのを受けた。
 宗教嫌いな俺は当然断ったのさ、すると。
「お前の家は真ゴンだろ!真ゴン宗は主人が立たないんだ、お前は早死にする。」
 突然怒鳴るので驚きましたが俺が知らなかった我が家の宗派何故?知っていたのでしょう?
 実際に男性が短命なのは事実っぽいんだけどね。


信仰するなら、池田先生の所なんだな。

146 :名無し三等兵:2010/06/17(木) 16:13:10 ID:???
戦時中や戦後直ぐに男性の死亡率が女性より高いのはごく普通の事だと思うけど


147 :名無し三等兵:2010/06/17(木) 17:11:44 ID:7aYFt6IV
>>140
重爆撃機でも特攻してたんか…
800キロ爆弾積んだ飛行機に直撃されたら、大型空母でもひとたまりもなかっただろなぁ

148 :名無し三等兵:2010/06/17(木) 20:16:17 ID:???
祖父は戦死した。終戦直後は恩給などもらえなかった。祖母は曾祖父と曾祖母に父を預けて、働いた。当時は男尊女卑だ。女はまともな職にはつけない。戦争は暗い。残された遺族も不幸な目にあう。俺が言えるのはそれだけだ。

149 :名無し三等兵:2010/06/17(木) 20:44:46 ID:EadjYgim
>>147 桜爆弾「飛龍に一トン爆弾搭載」
は、結構有名だよ。 あと、銀河 一式なんかも特攻隊があった。

空母に届く前に殆ど落とされたらしいけどね。

150 :名無し三等兵:2010/06/17(木) 21:24:33 ID:XjFYY2dh
うちの祖父(東北生まれ)は、伍長として南方で終戦を迎えた。
祖母は、東京生まれで将校の兄(漏れの大叔父)がいたが、中国戦線で戦死。
東京大空襲で東北へ疎開したまま戦後になって祖父と出会ったそうだ。
中学時代の国語の教師は、東京生まれだが、疎開したまま戦後になって教師になった。
疎開したまま東京に戻らない人がどれだけいるのだろう・・・。
>>148
恩給がもらえなかったとは、終戦後しばらくは生死の確認が取れなかったとか?

151 :名無し三等兵:2010/06/17(木) 21:44:07 ID:???
公職追放組だろ。

152 :名無し三等兵:2010/06/17(木) 22:48:44 ID:???
>>151
なんでそこで公職追放なんだ?

153 :名無し三等兵:2010/06/17(木) 23:15:50 ID:XldvJ3nW
じいちゃんwww

154 :名無し三等兵:2010/06/18(金) 00:17:14 ID:???
>>144
だろうね。間違ってでも冗談なんか通じる雰囲気ではなかったろうし。
まあ、腹の底で思った、ということはありそうだけど。

155 :名無し三等兵:2010/06/18(金) 00:21:00 ID:???
>>150
昭和21年2月からGHQの指令により、重度戦傷病者以外に対する軍人恩給は停止されていた。
独立回復直前の昭和27年4月に、戦傷病者戦没者遺族等援護法の制定により
遺族への給付が再開され、翌年8月だったかに恩給法の改正で軍人恩給が復活した。

156 :名無し三等兵:2010/06/18(金) 01:04:24 ID:???
>>149
戦果はアレだし不謹慎な物言いだが
航空特攻はまだマシな扱いかもな
文字通りの陸上特攻は悲惨すぎる

157 :名無し三等兵:2010/06/18(金) 01:08:40 ID:???
>>156
七生報国の気概なくて何の天皇の赤子ぞ。
我等一億火の玉となりて皇国の社稷とならん。

158 :名無し三等兵:2010/06/18(金) 06:10:13 ID:???
今や一億火の車

159 :名無し三等兵:2010/06/18(金) 07:30:18 ID:???
>>150
>疎開したまま東京に戻らない人がどれだけいるのだろう・・・。

帰ってはみたものの、朝鮮人に土地を強奪されてたから、止むを得ず別の土地で就職した人も多かったのだろう。

160 :名無し三等兵:2010/06/18(金) 09:43:30 ID:???
パチンコ屋が駅前の一等地に多いのは
終戦のドサクサで住み着いちゃった朝鮮系の人達がパチンコ屋を始めたかららしいね。

161 :名無し三等兵:2010/06/19(土) 00:17:15 ID:YIiT4lnX
話ぶったぎるけど
スレ立てする前に確認せずに立てちゃって、誘導されたんでこっちきた
昨日じーちゃんが逝った 戦時中シベリアや満州いったとか子供の頃に聞いた
詳しいことはわからない ただ腹に銃痕残ってて それも名誉の負傷だと聞いて
国からもいくつも賞状や銀杯貰ってた
捕虜としても扱われたらしい
俺が子供だったから詳しいことは話してくれなかったけど
大好きだったじーちゃんの記憶のほとんどは戦時中のこと
他に書き込むべき板がわからずに ただ
ここに書き込んだ

162 :名無し三等兵:2010/06/19(土) 02:45:58 ID:???
シベリア抑留経験者は戦後に国から銀杯を押しつけられて終わりだ。マジ糞


ちなみに俺のじいさんはグリンピースを見ると抑留を思い出して泣く

163 :名無し三等兵:2010/06/19(土) 02:57:20 ID:???
>>161
ご愁傷様です。
昨日ってことは、まだお葬式も挙げてないんでしょ?
いまは側にいてあげなさい。

164 :名無し三等兵:2010/06/19(土) 06:24:18 ID:IPQnpqm9
>>140
手塩にかけて育成したパイロットをすぐに特攻に投入だなんて、やっぱり旧軍上層部は糞だったんだな

ところで航法士て何?

165 :名無し三等兵:2010/06/19(土) 10:35:18 ID:???
うちの近所にある、戦死者の巨大な墓碑の前に、小さく「この墓地を管理されている方がありましたらご連絡ください。」
って寺の看板が立っていた。

166 :名無し三等兵:2010/06/19(土) 12:32:03 ID:???
>>162
「シベリア抑留経験者」のうち、恩給欠格者の場合ね。

167 :名無し三等兵:2010/06/19(土) 18:20:19 ID:BdZACnPS
>>164
船で言う航海士だろ
当時はGPSとかも無いからコンパスで方位見たり空から地上とか夜空を見て
機体は今どこを飛んでいるかってのを調べる奴だよ。

168 :名無し三等兵:2010/06/19(土) 18:28:01 ID:???
航海士は海上勤務者じゃないかな。

>>140
ト号の生き残りですか。


169 :名無し三等兵:2010/06/19(土) 20:20:17 ID:???
対潜哨戒機用の搭載機器の開発してたらしい。

170 :名無し三等兵:2010/06/19(土) 21:12:30 ID:???
俺が中二のころ他界したうちの祖父は、衛生兵として満州に行っていた。
病院勤務がほとんどだったらしいが、それでも爆弾背負って戦車に突っ込む訓練はやらされたとか。
散髪が得意で、「故郷じゃ床屋をやっていたんだ」などと言って仲間たちの髪を切ってあげてたらしい。

親戚のじいさんは空襲中、零戦が凄まじい急降下をするのを「おお、すげえ!」と見ていたら、その零戦が
そのまま墜落したと言っていた。
そのとき「なんかこの戦争、負けるような気がした」そうな。
まあ、本土が空襲された時点で……。
で、そのじいさんも徴兵された。
基地に米軍機が飛来して防空壕へ逃げようとしたとき、機銃弾が尻をかすめ「やられた!」と叫んだ。
隊長が駆け寄ってきて「撃たれたのか!? どこをやられた!?」と尋ねてきたので、
「ここです!」と尻を見せたら、「なんともなってないじゃないか!」と言って二発ほどぶん殴られたらしい。
「むしろ殴られた傷の方が重傷だったよ」と笑っていた。

171 :名無し三等兵:2010/06/19(土) 21:34:13 ID:???
>>168
船でいう航海士の役割を飛行機でやってるのが航法士だ、って説明をしてるところに
>航海士は海上勤務者じゃないかな。
ってどんだけバカなんだよ。

172 :名無し三等兵:2010/06/19(土) 22:52:13 ID:???
博学の方が降臨されましたか・・・



173 :名無し三等兵:2010/06/20(日) 08:39:26 ID:???
やつは単に文盲なだけ

174 :名無し三等兵:2010/06/20(日) 14:58:05 ID:???
そういえばシベリア抑留者に一時金を支給する特措法が成立したんだな
報われる人もいるだろうか

175 :名無し三等兵:2010/06/20(日) 22:26:57 ID:p3gmFGKE
15年くらい前、深夜に乗ったタクシーの運転手さんが陸軍の落下傘部隊員だった。
それを知ったきっかけは、運転席の後ろについている防護用のプラスチックの透明板が
ついていない訳を聞いたから。 明確には覚えていないが、「死ぬ時は、死ぬんです。」
様な事を言い、寡黙な人だったけど長距離だったもので、ちょっと話をしたら、
編隊を組んで出撃し、親友が乗った機だけ撃墜された事、乗機が銃撃を受け、隣の人その他
多数がやられた事など、短かく話してくれた。




176 :名無し三等兵:2010/06/20(日) 22:50:59 ID:???
ニューブリテン島やラバウルで照空灯兵やったり爆弾砲中隊で伍長やってた我が祖父

奇遇にも職場の同僚の曾祖父が今村均陸軍大将だったという

177 :名無し三等兵:2010/06/21(月) 08:33:45 ID:???
>>175
短編小説にできそうな状況だな。重い。

178 :名無し三等兵:2010/06/21(月) 08:37:28 ID:???
>>175
何かもの凄く深い・・・・

179 :名無し三等兵:2010/06/21(月) 11:49:36 ID:dBDwohGN
ネトウヨの創作話って気持ち悪い

180 :名無し三等兵:2010/06/21(月) 12:33:09 ID:???
>>179
お前もヨハネスブルグで修羅場経験してこい。

181 :名無し三等兵:2010/06/21(月) 12:42:27 ID:OqFTkni+
兵士の写真や最終階級や勲章が金色?の額縁に入っており、召集から復員までの説明が書いてあったのを祖父宅で見たことがありますが、そなたも同じような額縁を見たことがありましたか?
祖父の話によると、10万円かかったとか。
>>155
サンクス。
辛かったのでしょうね。
>>159
返還を要求する裁判を起こさなかったね。

182 :名無し三等兵:2010/06/21(月) 15:20:33 ID:???
>>175
10年くらい前まではタクシー運転手の方に軍隊経験者がいましたね。
よく話を聞いたものだ。
現在は、もうお年を召したので降りてしまっている。

183 :名無し三等兵:2010/06/21(月) 16:38:44 ID:???
>>181
画材屋の大きいところへ行くと今でもそういうのを入れる用の額をオーダーメイドで扱ってる

184 :名無し三等兵:2010/06/22(火) 00:21:24 ID:VsrbLWDs
俺の父方の祖父は一式戦:隼を設計に携わってたらしよ。
他にもいくつか設計に携わっていたみたいだけど戦時中ってこともあって家族にも極秘だったらしい。
1944年の空襲で亡くなったから俺も会ったことはないけどさ。
年は20代後半で結構若かったみたい。
正直、去年祖母が亡くなったときに親父から始めて聞かされたときかなり驚いた。
どうせなら祖父が生きている内に話聞けばよかったな・・・・。
ちなみに母方の祖父はフィリピン戦線での生き残りらしい。
なんでも右足?に機関銃の弾がずっと入ってたんだってさ。
その祖父も俺が生まれる前に亡くなったから何も聞けずじまいだけど・・・。

185 :名無し三等兵:2010/06/22(火) 00:59:50 ID:???
781 名前:名無しさん@七周年 投稿日:2006/12/20(水) 20:17:15 ID:U+KzDhYG0
まぁ、書くか
YS-11Mの機上整備員です
週1の定期便(硫黄〜南鳥)で行くのですが
偶に山の上で手を振ってる人がいるんですよ。
硫黄の隊員かなと思ってたのですが
先輩、いつもあの山の上で手を振ってくれる人居ますね!
あ、お前も見たのか。。。。。下に降りたらローマスに
その話してみろ。
ロードマスターに上記の話をしたらどうも旧軍の霊らしいと
日の丸を見て友軍が来たと歓迎してくれてるようだと。
その翌日に鎮魂碑に手を合わせてから見ることが無くなりました。
今も、定期便時(厚木→硫黄)は内地から和菓子、水、酒
弁当を1組積んで飛んでいきます。

こういう話も、有る定期便か硫黄に向かうとき天候悪化で
滑走路が見えずもう1度トライしてだめなら帰ると言うときに
硫黄の滑走路端に灯りが見え無事にタッチ
Pが礼を言いに行くと誰もサーチライトとかを付けてないと

186 :名無し三等兵:2010/06/22(火) 01:00:32 ID:???
32 名前: サギフエ(熊本県)[] 投稿日:2010/06/21(月) 18:07:00.62 ID:K0E6sbpe [3/3]
>>26
前出のYS-11M機上整備員です。
実体験ですが
数年前の夏、無事に定期便も終わり硫黄島から厚木の帰り便
大きな荷物もなく便乗者は海保職員1名。
天候晴れ、風微風。定刻に離陸なのですがいつもより
滑走距離が長い、Pも変だナーという顔。
夏の日差しの機内ほど程よい温度で弁当の後
やることもないので機内でお昼寝。
しばらくして人のざわめきというかひそひそ声で
ふと目がさめ機内を見回しても海保さんが寝てる姿しか。
改めて寝直すと
「これで国に帰れる」「友軍機が来てくれて助かった」
とはっきり。流石に目が覚めて後部貨物室を見回しても
なにも。。。。海保さんもやや青ざめた顔で
「聴きましたか?」と2人そろって前に逃げ込んでPにその事を
報告。
Pが「それで重かったのか、お盆も近いし」と。
その後何事もなく厚木に。
機体点検をしてると耳元ではっきりと
「連れて帰っていただき有り難う御座いました!」

187 :名無し三等兵:2010/06/22(火) 03:59:27 ID:BvjQrwxs


188 :名無し三等兵:2010/06/22(火) 05:20:14 ID:???
ネトウヨの創作話って気持ち悪い

189 :名無し三等兵:2010/06/22(火) 08:30:18 ID:???
まださまよってるんだな。何か泣ける・・・・・

190 :名無し三等兵:2010/06/22(火) 08:39:12 ID:???
>>188
お前友達いないだろw

191 :名無し三等兵:2010/06/22(火) 08:58:33 ID:???
硫黄島はうちの職場でも行く人いるけど、その手の話は多いよな。
寝てると部屋の隅に薄ぼんやりと白い人影のようなものがとか。
たいがいは「いろいろあるからなぁ」と思わせぶりな笑みを浮かべて終了だけど。

192 :名無し三等兵:2010/06/22(火) 12:45:09 ID:BvjQrwxs
20万も死んだ俺の沖縄じゃそんな話さっぱり聞かないのに、なぜに硫黄島だけ頻繁に出るんだよw
さっさと成仏しろよ糞日本兵どもw

193 :名無し三等兵:2010/06/22(火) 13:08:54 ID:???
>>192
人が少ないから寂しいんだろ

194 :名無し三等兵:2010/06/22(火) 13:27:43 ID:???
一人十殺、自爆禁止、怨念が篭ってるんだろう

195 :名無し三等兵:2010/06/22(火) 13:32:54 ID:???
>>175
ブッシュパパって父島で撃墜されたときに落下傘でおりていったが、同僚の落下傘がひらかず、目の前で墜死したりしたそうだな。
ちなみに日本軍は落下傘でおりていく米兵を銃撃して止めをさすということできらわれていた某松X零Xあたりの糞漫画には
絶対あげられないエピソードだけど日本軍も大概である大空のサムライなんてフィクションですよええ。

196 :ハインフェッツ ◆L81ZQG5HXc :2010/06/22(火) 13:37:57 ID:???
>>192
嘉数高台、浦添城址、南部戦跡のガジュマルが
茂って薄暗くなってるような場所はヤバイそうだぞ。
あと、慰霊の日は(丁度明日だな)は海に行ったり
水遊びしたりするのはお奨めできないとも。

まあ、沖縄の年寄りは頻繁にユタ買いして先祖に尽くすし、
南部戦跡には県にもよるが定期的に本土から慰霊団が訪れてるんで
特攻隊なんかも今頃は後生で毎晩海ブドウをアテに久米仙かっ喰らって
気の向いたときだけ内地に帰るという具合にマターリしてるんでしょうよ

…って言うか何年沖縄に住んでるからそのテの話に疎いの?

197 :名無し三等兵:2010/06/22(火) 13:47:54 ID:???
>>192
ねーきみ本当に沖縄の人なら、あちらのことばでも書いて見せてよw 話はそれからだ。

198 :名無し三等兵:2010/06/22(火) 13:58:07 ID:BvjQrwxs
>>197
20万もまーちゃんわんぬ、うちなーじゃうんぐとーる話さっぱり聞かねぇいぬんかい、なぜんかい硫黄島やっさーけ頻繁んかい出るんだしよw
へーく成仏してしちゃさい糞日本兵どもw



これでよいか?ヤマトのチョン顔どもw

199 :ハインフェッツ ◆L81ZQG5HXc :2010/06/22(火) 14:00:14 ID:???
試すと判るが方言は漢字と送り仮名の組み合わせで書くとなんか格好悪い。
って言うか、米統治時代に内地への就職に不利になるというんで県内の
教育者が方言札なんてのを作って方言を根絶したりしたんで、小官のように
さらにその子の世代になるとウチナーヤマトグチしか喋れん。

また、うちの父親の実家がその教育者だったもんで、
せいぜいリスニングができる程度だよ。

200 :名無し三等兵:2010/06/22(火) 14:01:36 ID:???
慰霊の日が近いからなのか、沖縄のブサヨが沸き出したね。早く成仏して下さい。

201 :名無し三等兵:2010/06/22(火) 14:06:16 ID:???
慰霊の日て明日?沖縄県民の忠義と戦いぶりは牛島さんも誉め讃えてたはず…

202 :ハインフェッツ ◆L81ZQG5HXc :2010/06/22(火) 14:09:28 ID:???
左に傾くように仕向ける同調圧力ってもんがあるんだよ。

…そこで、広島・長崎やグアム・サイパンより自分が酷い目に遭ったんだと
声高に主張するようになっちゃうともうおしまいだが。

203 :名無し三等兵:2010/06/22(火) 15:11:12 ID:???
>>198
今日もハロワ行かずに泡盛のんでいるのね。 明日はちゃんと行こうな無職君。

204 :名無し三等兵:2010/06/22(火) 15:33:29 ID:???
ひい爺ちゃんの兄貴が沖縄で特攻戦死してるんだけど、沖縄の人って特攻隊をどう思ってるんかね?

205 :名無し三等兵:2010/06/22(火) 15:48:15 ID:BvjQrwxs
>>204
米軍にすぐに叩き落とされたハエですw
ヤマトと言う腐った糞から生まれたクサいクサいハエですw

犬死にご苦労www
あーほんと気持ち悪い

206 :名無し三等兵:2010/06/22(火) 15:56:06 ID:???
日本軍がいなければ沖縄は平和だったのに

207 :名無し三等兵:2010/06/22(火) 16:16:20 ID:???
まあ、独立でもしたら? 米軍も自衛隊も追い出せるぞ

208 :名無し三等兵:2010/06/22(火) 16:31:09 ID:???
>>204
特攻隊に関連した映画で「俺は、君のためにこそ死ににいく」という作品があります。
この監督は沖縄出身の方ですが、特典DVDの監督インタビューの中に沖縄人としてどのように捉えているかをお話されているところがあります。
機会があれば本編と特典DVDをご覧になられては如何でしょうか。

209 :名無し三等兵:2010/06/22(火) 16:41:06 ID:???
>>208
そんな映画があったのか
早速TSUTAYAで借りて来ます。ありがとう!

とりあえず>>205は氏ね!

210 :名無し三等兵:2010/06/22(火) 17:29:45 ID:???
ID:BvjQrwxs  こんなクズが沖縄の人々の総意な訳がないだろう。
こいつ1人がゴミなだけ。 以後相手にしないように。

211 :ハインフェッツ ◆L81ZQG5HXc :2010/06/22(火) 17:51:09 ID:???
ただし、このテの輩は声ばかり矢鱈にでかいからな。

212 :名無し三等兵:2010/06/22(火) 18:57:00 ID:???
わざわざ上げてID出して、ご苦労様ですね。


213 :ハインフェッツ ◆L81ZQG5HXc :2010/06/22(火) 20:54:00 ID:???
どこぞのサヨク板あたりから派遣されて来たんでないの?
戦果報告のためと考えればわざわざID出したままで煽ってるのも道理が通る。

214 :名無し三等兵:2010/06/22(火) 21:27:01 ID:???
ハインフェッツ氏はどちらからおいでで?

215 :名無し三等兵:2010/06/22(火) 21:32:57 ID:???
>>213
もうさっきの馬鹿の話ししないでくれ。気分が悪いわ。

216 :ハインフェッツ ◆L81ZQG5HXc :2010/06/23(水) 00:47:27 ID:???
>>214
根城は四畳半電波搭だがの。

217 :名無し三等兵:2010/06/23(水) 06:12:13 ID:???
俺も今日は南西の方角に黙祷を捧げよう

218 :名無し三等兵:2010/06/23(水) 12:00:38 ID:???
慰霊祭の中継見てるとイライラしてくるな

219 :名無し三等兵:2010/06/23(水) 13:33:44 ID:???
うちの伯父は今日が命日だ。帯広兵団だったと思う
いつ死んだのか分からないから、結構多くの人の戦死日は今日づけになってると思う

220 :名無し三等兵:2010/06/23(水) 14:24:47 ID:???
昭和帝が戦後出来るだけ早く沖縄を訪問されていたら 
沖縄県民の本土に対する感情も今とは違ったものになっていたかもしれないなぁ
当時の日本政府にも昭和帝にも色々と事情が有ったのだろうけど
「沖縄県民かく戦えり後節特別のご高配を賜らん事を」が早くに叶えられていたらなぁ

221 :名無し三等兵:2010/06/23(水) 14:36:05 ID:???
http://www.tokyo-np.co.jp/article/kanagawa/20100623/CK2010062302000065.html
二十三日の沖縄慰霊の日を前に、県立大師高校(川崎区四谷下町)で二十二日
沖縄戦を指揮した旧日本陸軍の牛島満中将の孫で、東京都大田区立嶺町小学校教諭の
牛島貞満さん(56)が、沖縄戦の歴史などを伝える講演を行った。牛島さんは「意見の食い
違いを、戦争ではなく人間の知恵で解決しなければいけない」と訴えた。 (堀祐太郎)
同高校では、川崎や鶴見など臨海部に住む沖縄出身の生徒が多く通うこともあり、二年生が
総合学習で沖縄戦について学んでいる。二年秋の修学旅行では実際に沖縄も訪れている。
講演会で牛島さんは、二年生約二百人を前に「沖縄戦では、鉄血勤皇隊やひめゆり部隊
などみなさんと同年代の若者が犠牲になった」と語りかけた。米軍撮影の記録フィルムや
牛島さんが撮影した体験者のインタビュー映像を上映しながら戦禍を伝えた。
沖縄防衛の司令官だった牛島中将らの自決で、沖縄の組織的戦闘は終結したとされる。
祖父に向き合い「南部に撤退したことで住民への被害が膨らんだ」と指摘、米軍の本土上陸を
遅らせるための「捨て石作戦」と呼ばれる地上戦の実態を、生徒たちに伝えた。一方で、祖父が
戦争のさなかに米国の小説を読んでいたひめゆり部隊の女子生徒をしかりもせずに見守った
エピソードや、家族思いだった人柄を紹介。牛島さんは「軍隊は住民を守らない」「戦争は人を
変える」と強調し、平和の尊さを訴えた。
二年三組の権瓶奈津海さんは「弟を亡くした人の体験談などを聞いてつらかった。戦争ではなく
話し合いで解決することが大切だとあらためて考えさせられた」と語った。

222 :名無し三等兵:2010/06/23(水) 17:16:27 ID:???
>>220
そもそも昭和47年まで日本じゃなかったんだから早期訪問は無理だろう。
それに昭和50年の皇太子殿下御訪問では火炎瓶のお迎えをうけたわけだし。

223 :ハインフェッツ ◆L81ZQG5HXc :2010/06/23(水) 18:36:44 ID:???
そういや、国体の時に国旗をポールから引きずりおろして
火を付けたDQNも未だに英雄扱いされてるからなぁ…

224 :名無し三等兵:2010/06/23(水) 19:30:11 ID:???
>>222
確かにそうなんだが、昭和27年には日本の主権は回復しているのだから
沖縄がアメリカ領で在っても訪問できなかったのかと思ったんだ

225 :ハインフェッツ ◆L81ZQG5HXc :2010/06/23(水) 22:14:18 ID:???
まあ、アメリカだって潜在的主権は認めてたしな。

ただし、朝鮮やフィリピンに対して使ったのと同じ
方便で沖縄人を大和民族に侵略された被害者として
扱うプロパガンダを盛んにやってましたが。

226 :名無し三等兵:2010/06/23(水) 23:05:02 ID:???
おじいさんのおじいさんの、おじいさんの…そのまたおじいさんの代には、
ヤマトタケルの東征とやらを受けて、関東はヤマト朝廷に侵略されたわけ。
そんなところに、今は統一・日本国の首都があるけどね。 沖縄もがんばれ。

227 :名無し三等兵:2010/06/24(木) 00:30:42 ID:???
昨日平日なのにあんなに集まる「市民」って本当に沖縄に住んでいる人なのかなあ・・・・。

228 :名無し三等兵:2010/06/24(木) 01:15:19 ID:???
>>224
「アメリカの支配下にある沖縄」をアメリカにお伺い立てて訪問してたら、
永遠に沖縄は返還されなかったろうな。

229 :名無し三等兵:2010/06/24(木) 09:14:44 ID:???
>>227
復帰の後に、社会党系の連中によって「植民地」にされたから、自治労から生活保護を
受給斡旋してもらって、動員されてるよ。組合専従で働きもせず税金を貪っている奴ら
も監視役として参加して居るだろうし。

230 :名無し三等兵:2010/06/24(木) 17:44:01 ID:???
>>229
そんな連中に渡す金は何処から捻出しているんだろうなぁ?
あんまり言いたくは無いが日本を敵視する輩には日本からお引取り願いたいものだ


231 :名無し三等兵:2010/06/24(木) 18:14:55 ID:???
>>230
>自治労から生活保護を 受給斡旋してもらって
ごめん、書いてあったね

232 :名無し三等兵:2010/06/27(日) 16:03:43 ID:???
自治労って公務員系の労働団体だろ?
違う世界つまり、無職のパンビーの生活保護に口だせるはずがないと思うのだが。

233 :名無し三等兵:2010/06/27(日) 17:38:28 ID:???
>>232
自治労は地方自治体、つまり県や市町村の職員が所属する労働組合
生活保護の支給を決定するのは市町村

あとはわかるな?

234 :名無し三等兵:2010/06/27(日) 17:49:14 ID:???
ああ要するに、生活保護認定が一種の取引になっちゃっているんだろうな。
そういう活動頼むよみたいな阿吽の呼吸で

235 :名無し三等兵:2010/06/28(月) 00:37:57 ID:h90d30aN
スレ違いもいい加減にしろ糞ども

236 :名無し三等兵:2010/06/28(月) 02:39:03 ID:???
爺様では無い、親父だ。http://beebee2see.appspot.com/i/agpiZWViZWUyc2VlchULEgxJbWFnZUFuZFRleHQY57fBAQw.jpg


237 :名無し三等兵:2010/06/28(月) 02:48:30 ID:???
この後准尉となり最後はニューギニアに送り込まれフィンシュハーフェンの戦いに行ったらしい。まあ、戦後は現地で大トカゲを捕まえて食べたとかいう話くらいしなかったな。

238 :名無し三等兵:2010/06/28(月) 02:51:02 ID:???
くらいしかしなかった、の間違いやねw

239 :名無し三等兵:2010/06/28(月) 13:17:55 ID:???
フィンシュハーフェンと言えば、彩雲の彼方の著者の田中三也さんが彗星で
強行偵察したところですね

240 :名無し三等兵:2010/06/28(月) 16:50:03 ID:3bWHlppo
>>137
GJでしたね。
そういえば、既に在日に乗っ取られた土地は、戦後になっても返還の声はあまり聞かないね。
疎開するたびに自分の土地であるという証拠の書類を持っていったか役所に昭和1○年時点で誰の土地なのかわかる資料があったはず。
それなら、返還を求める裁判を開くことができると思う。

241 :名無し三等兵:2010/06/29(火) 00:45:21 ID:???
軟弱なオタクの自分がこの人の息子だというのが信じられん。昇進後の撮影。http://beebee2see.appspot.com/i/agpiZWViZWUyc2VlchULEgxJbWFnZUFuZFRleHQY-qnDAQw.jpg


242 :名無し三等兵:2010/06/29(火) 01:20:57 ID:???
敗走後密林の中で仲間たちが次々に死んでいった経験とか、戦後生まれの子供に話したところで分かるはずもない、という思いはあっただろうな。腹の中に言葉を呑み込んで生きてたんじゃないかと。

243 :名無し三等兵:2010/06/29(火) 01:38:16 ID:???
>>241
同じ環境に放り込まれて、否応なしにやらされたら、何とかなってるんじゃない?

244 :名無し三等兵:2010/06/29(火) 02:48:58 ID:???
>>243
生まれつき病弱なんですよ。心臓が良く無いのでもうあまり生きられないと思います。

245 :名無し三等兵:2010/06/29(火) 16:21:49 ID:???
今でかい顔しまくってる中国人民解放軍の先祖を大陸各地でシバキ回ってたらしい

246 :名無し三等兵:2010/06/29(火) 17:49:15 ID:???
>>245
人民解放軍の先祖って事は八路軍か
対ゲリラ部隊なんてあったのか。かっこいいな

247 :名無し三等兵:2010/06/30(水) 02:33:49 ID:???
>>244
じゃ、いいんじゃないすか。 ←何が?

248 :名無し三等兵:2010/06/30(水) 21:07:28 ID:???
自分なりの人生を精一杯生きて、御先祖に恥じることなく死んで行ければそれでいいのですよ。日本人は ←結論

249 :名無し三等兵:2010/06/30(水) 23:48:02 ID:???
ま、色々ありますな。 ←でくくってしまう

250 :名無し三等兵:2010/07/01(木) 07:12:25 ID:0U5hv3Fc
うちのじーさん東南アジアの戦線にいったらしいが、無傷で帰って北。
バァちゃんと結婚したくて死ねなかったと言っていた。
ものすごく足が速かったのを見込まれて、伝達とかする役割だったらしい。
何回もマトになったのに、一発も当たらないとかマジキチ。
今でも足は速い。大正生まれなのに住民運動会でリレーのアンカーやってる。
凄すぎ。そして死ぬ気配がない。

251 :名無し三等兵:2010/07/01(木) 07:28:50 ID:???
なんだその人外っぷりw
元気で長生きしてくださいとお伝え下さい。

252 :名無し三等兵:2010/07/01(木) 17:27:08 ID:???
sugeeeeeee

253 :名無し三等兵:2010/07/01(木) 19:48:23 ID:luxsZuyi
別に凄くもない

254 :名無し三等兵:2010/07/01(木) 23:48:44 ID:???
>>250
そりゃ凄いな。電線が吹っ飛ばされてまともに通じないようなところを走り回らされたんだから、
足が早いだけでなくてカンも凄いわけね。

255 :ハインフェッツ ◆L81ZQG5HXc :2010/07/02(金) 00:12:44 ID:???
>バァちゃんと結婚したくて死ねなかったと
なんだ、野生のフラグクラッシャーか。

256 :名無し三等兵:2010/07/02(金) 07:39:56 ID:ONcVy0a5
亡くなったおじいさん(母の父)の写真が実家から出てきた。
陸軍の歩兵でラクダにのっていた。

母に聞くと中国で戦っていたらしい。で昭和18〜19年ぐらいに日本に帰還し除隊。
戦局的によく除隊できたなーと思った。聞くと年を取りすぎていたとか。
ちなみに姫路の連隊

父に弟がいたが、1944年11月フィリピン東海上で戦死。

257 :名無し三等兵:2010/07/02(金) 07:48:46 ID:???
うちのじーさんは
10年前に死んだけど上海で特務関係の仕事していた
麻雀が滅茶苦茶強くて
生きてる時(かなり昔)は有名な右翼がたくさん家に遊びに来ていたらしい

258 :名無し三等兵:2010/07/02(金) 08:20:26 ID:???
漏れのじーちゃん中国軍の格好をして中国軍を錯乱させた特殊作戦に参加したらしいんだけど、ホントにそんなのあったのかな?

259 :名無し三等兵:2010/07/02(金) 09:23:36 ID:???
>>256
うちの祖父も昭和18年6月30日に召集解除で除隊しているよ。入営昭和13年12月。

でも昭和19年9月1日付で再召集…。

260 :名無し三等兵:2010/07/02(金) 12:25:30 ID:LZJI+a2X
うちのじいちゃんは左翼脳でよく反戦運動してたってばぁちゃんが言ってた。それ以上は何も教えてくれない

でさ、うちのばぁちゃんも左翼っぽい考え方で
小さい頃の俺に「日本人は悪い事をたくさんした」って何度も言ってきたし皇室の事も悪く言ってた。
ほんで、特に朝鮮人にはたくさんひどい事をしてきたって言ってたわ

右翼脳の俺の親父と何度も喧嘩してたよ。そうこうしてるうちに俺が成人して、成人式が終わって家に帰ると
親父が俺に「今のおまえのじぃちゃんは本当のじぃちゃんじゃない。あれは朝鮮人だ」
「幸い、俺達にあいつと同じ血は流れてないが、俺はお袋を朝鮮人に盗られた。戦死した本当の親父に合わせる顔が無い」って言ってた

261 :名無し三等兵:2010/07/02(金) 12:58:06 ID:LZJI+a2X
続き

じぃちゃんは戦死したらしい。
俺の本当のじいちゃんは職業軍人らしく、部下がいっぱいいて、終戦後は何人も家に部下の人が挨拶しにきたらしい
左翼脳のばぁちゃんに変わってまだ子供だった親父が対応してたらしいだけど
どうやらかなりの熱血野郎だったみたい。みんな何度も殴られたって言ってた。
でもじぃちゃんは兵卒じゃ使っちゃいけない薬とか食べ物をこっそり回してくれたらしくて
みんなお礼を言ってくれたらしい。


じぃちゃん……。おばあちゃんが朝鮮人に盗られちゃったよ……。ほんとすみません。

262 :名無し三等兵:2010/07/02(金) 12:59:36 ID:???
前の彼女から聞いたは話。
彼女の爺さんは中国に征ってたらしんだが、グループのなかに霊感の強い男がいたという。
あるとき目的地にむかうのに道が二つに分かれた。
件の男がそっちに悪霊がいるからこっちからいこうといったが、いやいやこちらのほうがよかろうということで意見が分かれ結局二手に別れてむかったらしい。
彼女の爺さんは霊感の男のグループと同行、無事と到着できたが果たして、もう一つのグループは敵の待ち伏せに遭って全滅したという。
どこまでホントかわからんが、ある程度、元になる実話があったのかも知れない。。

263 :名無し三等兵:2010/07/02(金) 13:24:23 ID:???
>>72
都城歩兵第23連隊ですか!
私の母方の祖父も宮崎県出身で実家には、兵隊時代の写真がたくさんあったとかで、おそらく23連隊ではなかったかと思っています。
日清戦争では威海衛一番乗りを果たしたり、日中戦争でも杭州湾上陸、徐州作戦、武漢三鎮作戦などの大作戦に参加し、漢口では一番乗りの栄誉に浴しまた大東亜戦争でもブーゲンビルの陣地を終戦まで守り通した武勲赫々たる郷土部隊ですね。
日本の為に戦った父祖の残してくれた貴重な資料!
是非とも大切にまた有用に保管すべきです。
私も素人にてよくわかりませんが、防衛大学や地元の護国神社、或いは靖国神社などに問い合わせては如何ですか?
貴重な資料が日の目を見て、日本の為に成りますように心から願っております。

264 :名無し三等兵:2010/07/02(金) 14:06:48 ID:???
>>72
遅レスですが

東京近県なら
・防衛研究所
・昭和館
・しょうけい館
・靖国神社
などでしょうか。

それ以外でしたら、
都道府県の博物館や郷土資料館
また、自衛隊の第8師団司令部のある北熊本駐屯地には防衛館(資料館)があるそうです



265 :名無し三等兵:2010/07/02(金) 14:15:29 ID:???
理不尽な上官に対して軍刀を抜いて反論したという爺ちゃん
亡くなる前にもっといろんな話を聞いておきたかったな

266 :名無し三等兵:2010/07/02(金) 20:34:35 ID:ONcVy0a5
>>259

Wikiによると、うちのおじいさんが所属していたのは、
第10師団歩兵第39連隊かな?

昭和12年 日中戦争に参加
昭和13年 徐州会戦に参加
昭和15年 チャムスに駐屯
昭和19年 フィリピンバターン半島へ派遣

ラクダに乗っていたのは駐屯していた時かも。
あとバターン半島へ派遣される時に除隊されたんかな。

除隊されずに行っていたら、間違いなくフィリピンの土になっていただろうし
当然おかんも俺も生まれていなかったわな。

ちなみにじいちゃんは除隊後、しばらくぶらぶらしていて、戦後は紙芝居屋で
生計を立てていたそうな。

267 :名無し三等兵:2010/07/02(金) 20:40:58 ID:???
じーちゃん謎だらけ
教官の記録、視察の記録、時々本国と現地を行ったり来たり
色々残っているものの、「何をしていた」とか語らない人だった
戦後に同僚は国内最高位の某国立大の教授になったりで
学問やらにも関わってたのは間違いないけど

グライダー教えたり、サバイバルしながらの行軍を教えたり
現地の言葉や文化を教えたりもしてたそう
(戦後連れ帰った身寄りを無くした部下の方々の談)

現地の都市部で軍服着て馬に乗った写真もあれば
基地みたいな少し荒れたところで同僚と肩組んで写った写真もある
中将や少将といった人らと撮影した写真もたくさん。

関西のど田舎出身なのに関東の士官学校に編入させられて
その頃の話などもたくさんある
「常に全てにおいて首席だった」と村の人は言うし
本人も「やれるだけやったらそうなる」とよく言っていた
ほんとに謎の人だった。

268 :名無し三等兵:2010/07/02(金) 21:33:26 ID:???
>>258
益子挺身隊じゃないか?

269 :名無し三等兵:2010/07/02(金) 23:09:37 ID:???
>>267
A.M.ナイル氏のすごい版のようだ

270 :名無し三等兵:2010/07/02(金) 23:28:26 ID:???
>>266
紙芝居がいけなくなってからは恩給でどうにかなったのかな。
恩給の復活時期と紙芝居が廃れた時期はだいたい重なるから…。

退潮のなか紙芝居で食いつづけていたならみごととしか。

271 :名無し三等兵:2010/07/03(土) 00:05:33 ID:6H9OBKGr
>>270

恩給は貰っていないそうです。
母によると、軍に所属していた期間が短かったとか。

職の方は、紙芝居屋→養鶏場経営で食いつないだそうです。
母を含む子供が就職してからは、養鶏場経営をやめ、子供の賃金に頼っていたらしい。

今でも母は「若い時に稼いだ金は全部両親にとられた!おしゃれとかしたかったのに!」と
いうのが口癖です。

272 :名無し三等兵:2010/07/03(土) 02:20:21 ID:???
>>265 坑命罪で重罰ですな
終戦後ならただの恫喝


273 :名無し三等兵:2010/07/03(土) 08:46:07 ID:???
>>271
苦労されたんですね。
復員が同時に生存のための戦いの始まり、って人はずいぶんあったでしょうね。

うちの祖父も復員の半年後に父親(曾祖父)を亡くして、母親と嫁と弟妹抱えて
そこへ子供が加わって苦労したそうです。

274 :名無し三等兵:2010/07/03(土) 11:48:58 ID:???
こないだじいちゃんの墓参りに行ったんだけど、墓石に

昭和十六年三月十六日伊号一七ニ潜水艦ニ乗艦ソロモン諸島方面海戦ニテ戦死ス 享年二十七才

って書いてましたが、ソロモンっていうと南方で戦死したということですか?フィリピンあたり?
ばあちゃんが死んだじいちゃんの事をあまり話さなかったのでなかなか聞けずじまいでしたので教えてください。


275 :名無し三等兵:2010/07/03(土) 11:52:26 ID:???
>274
とりあえずソロモン諸島でググれよ。フィリピンより東、オーストラリアのちょっと上だ。

276 :名無し三等兵:2010/07/03(土) 11:54:02 ID:???
>>275
早っ、ありがとう。
遠いところで亡くなったんだなぁ;l


277 :名無し三等兵:2010/07/03(土) 13:34:38 ID:???
ウィキより
伊号第一七二潜水艦 ← 伊号第七二潜水艦から改称
1937年(昭和12年)1月7日竣工(三菱神戸)
1942年(昭和17年)11月10日 サンクリストバル島付近で
米掃海駆逐艦「サウザード」の爆雷攻撃を受け沈没。
>>274
昭和十六年三月十六日まだ太平洋戦争始まってないけど

278 :名無し三等兵:2010/07/03(土) 18:30:07 ID:IZJmdcJ0
ウチの祖父は近衛兵だったのですが、終戦まで皇居で警備にあたってました

いろんなインターネットサイトを見ると、近衛兵でも南方の方に出征したり千葉県で演習してた部隊もあったそうですね
最後まで皇居で警備した人たちは、近衛兵の中でもエリートだったのでしょうか?

279 :名無し三等兵:2010/07/03(土) 19:55:18 ID:???
近衛師団は全国の師団
から選抜された優秀な
将兵で構成されたから
な。
親戚一党鼻が高いくら
いの名誉だよ。

280 :名無し三等兵:2010/07/03(土) 19:56:00 ID:n1K9mv+8
母型
横須賀の海軍工廠で飛行機の開発だか何かやってたらしい

父型
どこで死んだか不明
分るのは墓石に刻まれた「陸軍准尉」のみ
恐らく二階級特進で准尉になったと推測。

281 :名無し三等兵:2010/07/03(土) 20:04:37 ID:???
東京大空襲の夜…。

俺の祖父と祖母は、二人にとってかけがいのないもの、
一度失ったら二度と戻ってこないものを失った。

祖父「うっ…これが、女の中と言うものなのか!?」

祖母「ひぎぃっっ、痛杉!」

…遠く、いや、すぐそこで、家と人が焼夷弾で焼かれる音が鳴り響いていたと言う・・・。
二人とも死を覚悟したが、新婚、初夜―セックスは続けるしかなかったのである・・・。

282 :名無し三等兵:2010/07/03(土) 20:18:32 ID:Yuxbt+P9
母方が潜水艦乗りで、1隻やったそう。中尉。
とにかく換気システムで困ったらしいです。

父方は陸軍で関東軍だったらしい。少佐。
極寒のなか警備は辛いそう。

283 :名無し三等兵:2010/07/03(土) 20:39:22 ID:IZJmdcJ0
>>279
その話は俺も聞いたよ

ウチの家柄はあんまりよくないんだけどなw
じいちゃんは農民の出身だからよー

284 :名無し三等兵:2010/07/03(土) 23:16:54 ID:6H9OBKGr
近所で薬局を営んでいたじいさん(故人)は、元軍医。
末期のビルマ撤退作戦で、英軍に捕捉され部隊はほぼ全滅。
じいさんは気絶しているところを捕らえられ捕虜となった。

将校待遇とまでは行かなかったが、軍医という事で扱いはよかったらしい。

285 :名無し三等兵:2010/07/04(日) 01:45:49 ID:???
>>278
父の知り合いのじいさんが昔
「こんど戦争があったら近衛師団に入ったほうがいいよ」って言ってたw

286 :名無し三等兵:2010/07/04(日) 08:12:36 ID:???
徴兵検査での甲種合格組の中から、学業・体力・人格・体格に優れて、
思想信条や友人親戚に問題を起こした者が無いと分かり、更には地元
有力者からのお墨付きが付いて始めて入営→近衛

なので徴兵されて地元の連隊ではなく、東京の近衛師団に配属されて、
長期休暇の初めての帰省で家に帰れば見合いの申し込みがどっさりと
溜まってた、なんてのは良くある話。

見合いの釣書としては「兵役は東京の近衛師団で務めました」の一言で
田舎では大モテ間違いなし。もちろん地方限定だけど。東京はまた別。
同じ近衛でも東京組は地方からの選抜組の気力・体力に圧倒されて、
営内では小さくなって過ごしていた、なんて話もあるぐらい。

も一つ。太平洋戦争の開戦以前は、徴兵されたと言っても入営して訓練
に明け暮れて、二年で満期除隊となるのが普通。入営時期は半年ごとで、
初年兵と呼ばれる二等兵の期間は次期入営者が来るまでの半年間。
その後一等兵になり、優秀者は除隊時に昇進し営門上等兵で帰郷する。

初年兵の内に選抜された上等兵候補者の内、最も優秀な者は二、一等
兵を最短一年で終え、二年目を上等兵として迎え、更に半年で伍長勤務
に昇進した。上等兵候補者の内、除隊までに上等兵になる者が6割、伍勤
は中隊の兵卒(初年、二年目合わせて120名)に1〜3名という狭き門。
上等兵で帰郷するだけで「真面目・優秀・体力に優れる」という軍のお墨付
きなのだが、伍勤を経た者には更に除隊時に下士官適任証が付く。
再招集の際には他の古参兵とは扱いが違い、下士官となるエリートである。
なのだが、上等兵が帰郷すればモテたという話は多いが、伍勤がモテる、
という話は何故か少ないw

下士官不足で再招集の可能性があまりに高い(と言うか間違いなくされる)
のと、非常に狭き門の為に周りの扱いは「同じ兵卒なのに」と嫉妬含み、
本人のプライドも高く「伍勤は生意気」という評価が定着してしまった。
つまり見合いの相手として選ぶには不人気だったのである。

287 :霞ヶ浦の住人 ◆iQXTBGahk. :2010/07/04(日) 20:53:01 ID:ffMEEDpz
>286 徴兵検査での甲種合格組の中から、学業・体力・人格・体格に優れて、
>思想信条や友人親戚に問題を起こした者が無いと分かり、更には地元
>有力者からのお墨付きが付いて始めて入営→近衛
>なので徴兵されて地元の連隊ではなく、東京の近衛師団に配属されて、
>長期休暇の初めての帰省で家に帰れば見合いの申し込みがどっさりと
>溜まってた、なんてのは良くある話。
>見合いの釣書としては「兵役は東京の近衛師団で務めました」の一言で
>田舎では大モテ間違いなし。もちろん地方限定だけど。東京はまた別。
>同じ近衛でも東京組は地方からの選抜組の気力・体力に圧倒されて、
>営内では小さくなって過ごしていた、なんて話もあるぐらい。
>も一つ。太平洋戦争の開戦以前は、徴兵されたと言っても入営して訓練
>に明け暮れて、二年で満期除隊となるのが普通。入営時期は半年ごとで、
>初年兵と呼ばれる二等兵の期間は次期入営者が来るまでの半年間。
>その後一等兵になり、優秀者は除隊時に昇進し営門上等兵で帰郷する。
>初年兵の内に選抜された上等兵候補者の内、最も優秀な者は二、一等
>兵を最短一年で終え、二年目を上等兵として迎え、更に半年で伍長勤務
>に昇進した。上等兵候補者の内、除隊までに上等兵になる者が6割、伍勤
>は中隊の兵卒(初年、二年目合わせて120名)に1〜3名という狭き門。
>上等兵で帰郷するだけで「真面目・優秀・体力に優れる」という軍のお墨付
>きなのだが、伍勤を経た者には更に除隊時に下士官適任証が付く。
>再招集の際には他の古参兵とは扱いが違い、下士官となるエリートである。
>なのだが、上等兵が帰郷すればモテたという話は多いが、伍勤がモテる、
>という話は何故か少ないw
>下士官不足で再招集の可能性があまりに高い(と言うか間違いなくされる)
>のと、非常に狭き門の為に周りの扱いは「同じ兵卒なのに」と嫉妬含み、
>本人のプライドも高く「伍勤は生意気」という評価が定着してしまった。
>つまり見合いの相手として選ぶには不人気だったのである。

霞ヶ浦の住人の訂正。
平時の陸軍の入営時期は、年1回でした。海軍は2回でした。

288 :霞ヶ浦の住人 ◆iQXTBGahk. :2010/07/04(日) 20:56:29 ID:ffMEEDpz
>284 :名無し三等兵:2010/07/03(土) 23:16:54 ID:6H9OBKGr
>近所で薬局を営んでいたじいさん(故人)は、元軍医。
>末期のビルマ撤退作戦で、英軍に捕捉され部隊はほぼ全滅。
>じいさんは気絶しているところを捕らえられ捕虜となった。
>将校待遇とまでは行かなかったが、軍医という事で扱いはよかったらしい。

霞ヶ浦の住人の疑問。
「薬局を営んでいたじいさん(故人)は、元軍医」が疑問です。
軍医ではなくて、薬剤師ではなかったのではないですか?

289 :名無し三等兵:2010/07/04(日) 20:58:54 ID:???
医師が薬局営んじゃいけねえのかよ

290 :名無し三等兵:2010/07/04(日) 21:03:27 ID:???
元衛生兵かも?いくらなんでも、本当に元軍医なら病院(診療所)をするのが普通だ。

291 :霞ヶ浦の住人 ◆iQXTBGahk. :2010/07/04(日) 21:06:21 ID:ffMEEDpz
>289 :名無し三等兵:2010/07/04(日) 20:58:54 ID:???
>医師が薬局営んじゃいけねえのかよ

霞ヶ浦の住人の回答。
薬剤師の免許がないと「薬局営んじゃいけねえ 」です。

292 :名無し三等兵:2010/07/04(日) 21:09:46 ID:???
>>291
>薬剤師の免許がないと「薬局営んじゃいけねえ 」です。

そんなことは無いぞ。薬剤師が従業員にいればOKだ。

293 :名無し三等兵:2010/07/04(日) 21:27:20 ID:???
>>290
島唯一の診療所の医師が軍医上がりのインチキ医者で、「軍隊ではあたりまえ」って注射針の使い回しをしたせいで、
肝疾患での死亡率が全国平均の5倍、ってところがかつて瀬戸内の某所にありましてね……

294 :名無し三等兵:2010/07/04(日) 21:39:12 ID:???
そういやガキの頃世話になった町のお医者さんは、フィリピン帰りの元・軍医殿だったな
注射が嫌で泣いて騒ぐと、「日本の男ならこんぐらい我慢せえ!!」
とか怒鳴られて物凄い怖かったw
でも帰りには風船とか、安いオモチャをくれる優しい人だった。

295 :名無し三等兵:2010/07/04(日) 21:51:16 ID:???
>>291
昭和50年代まで、医薬分業法の抜け穴により、医師本人が行う場合に限って、
医師が調剤やってました。

296 :名無し三等兵:2010/07/04(日) 21:53:56 ID:???
上で近衛師団の話が出たので
自分の祖父はあまり戦争の話はしたがりませんでした
私の祖父は大学を出た後すぐに学徒出陣で近衛師団に配属
スマトラ島へ行ったらしいので第二師団だと思います
日本の戦争が終わっても人知れずフィリピンやらの独立戦争に巻き込まれ戦い、戦い、戦い…
帰国後はずっと日本兵の帰国を助ける運動に身を投じたらしいです

297 :名無し三等兵:2010/07/04(日) 22:14:19 ID:???
http://www.nicovideo.jp/watch/sm5611003
7分40秒から
http://rasiel.web.infoseek.co.jp/voice/hitler1933.htm
より訳
Deutsches Volk, gib uns vier Jahre Zeit, dann richte und urteile uber uns!
Deutsches Volk, gib uns vier Jahre, und ich schwore dir:
So, wie wir und so wie ich in dieses Amt eintrat, so will ich dann gehen.
Ich tat es nicht um Gehalt und nicht um Lohn, ich tat es um deiner selbst wegen.

ドイツ国民よ、我々に4年の歳月を与えよ。しかるのちに我々を判断せよ!
ドイツ国民よ、我々に4年の歳月を与えよ。私は誓おう。
この職に就いた時と同じようにこれからも私は進むという事を。
私は給与や賃金の為に行動するのではない、ただただ諸君らの為にのみ行動するのだ!

298 :名無し三等兵:2010/07/04(日) 22:38:37 ID:???
>>294
近所のでかい病院の院長先生が元海軍軍医でした。
えらいいかつくて怖い先生だけど、腕は確かだったなあ。


299 :名無し三等兵:2010/07/05(月) 14:54:52 ID:???
そりゃ、若い頃に数こなすし対応した怪我の種類も相当あるだろうからなぁ

300 :名無し三等兵:2010/07/05(月) 21:21:20 ID:???
情報公開とか思いやり、親切が良い医者の条件に挙げられる現代だけど、
それ以前の問題として幅広い症例の知識と、難しい場合に迷わない判断力
が何より「腕が良い」と言われる条件だろうね。
実戦の従軍経験がある軍医ってのは、鍛えられた場数と必要とされた決断
の厳しさが桁違いだ。何しろ船医なら、その場に専門家は自分しか居ない。
ミスをフォローできるスタッフも、疲れたら変わってくれる同僚も居ない。

301 :名無し三等兵:2010/07/06(火) 02:46:50 ID:???
軍医に「幅広い症例の知識」があるか、ってのは疑問だ

302 :名無し三等兵:2010/07/06(火) 03:54:04 ID:???
でも医者としてのプライドに負けて自分じゃ対処できない症例を引きずるような印象はないな
あくまで個人的な印象だが

303 :名無し三等兵:2010/07/06(火) 08:39:01 ID:???
>>301
外科まわりがメインになりそうな気がする

304 :名無し三等兵:2010/07/06(火) 13:54:18 ID:???
慣れない土地で風土病にかかる(内科領域の)患者もいるだろう。
それなりに幅の広さが求められる場面も多いわな。
今でも、救命救急やってた医者は、対応力あるよ。何か来るか分からん現場で鍛えられてるからな。

あと小児科。「患者が子供」というだけで、何でも持ち込まれるし、
お母さんも子供もパニックで何言ってるか分からんし、しかも体力的に弱い。
「子供が好き」程度で小児科になると、先に死ぬのは医者だな。

305 :名無し三等兵:2010/07/06(火) 13:59:37 ID:???
kp

306 :名無し三等兵:2010/07/06(火) 15:41:21 ID:???
職場の定年間近の人から聞いた話だが内容に大きな間違いがあるため恐らく
二つ三つの話がごっちゃになってるだろうから予め断っておく。
その人の友人の祖父が戦艦長門の艦長をやっていたがその人は祖父が大嫌いだったと言う。
理由はと言うと日本海海戦で沈めた敵艦からたくさんのロシア海軍軍人が漂流していて
部下に命じてロープを下ろしたという。
しかし必死によじ登るロシア軍人達が上りきろうとする時部下が笑いながら持っていた軍刀で
ロシア軍人の腕を切り落とし叩き落しそれでも命からがらの彼らはよじ登ってこようとし
それでも部下は軍刀でロシア軍人を次から次へと叩ききっていったらしくその光景を艦長は何も言わず止めず黙って
見ていたらしくその一件以来その人は祖父の事が大嫌いになったらしい。


307 :名無し三等兵:2010/07/06(火) 15:49:21 ID:???
>>306
真偽以前にどうやってこの話がつくりあげられたのかに興味がある。

308 :名無し三等兵:2010/07/06(火) 15:50:44 ID:???
日露戦役時長門は存在してないから他の艦とごっちゃになってるな
日露の時は武士道と騎士道の名残が残ってる最後の時代と言われ乃木将軍らの
美談も多く伝わってるがとは言え戦だからいろんな事はあっただろう
ましてや当時の日本人からしたらロシア帝国と言う得体の知れない赤鬼連中が
世界最強の艦隊を率いてわざわざ世界を半周して日本の海に攻めてきて退治しなきゃならない
なんてどんな妖怪話だよ!なんて事だろうし当時の日本人からしたら現代人には
想像できない胸中だったろうな


309 :名無し三等兵:2010/07/06(火) 16:26:57 ID:???
あの当時の海軍で軍刀ってそんなに持ち込めるの?
シベリア抑留をやられたから、どっちもどっちだとは思うけど

310 :名無し三等兵:2010/07/06(火) 16:37:41 ID:???
「うわ!赤鬼だ!・・・」

頭のどっかのネジが外れた

「あはははははははcjふ;ぃj::llgr(*゚∀゚)死ね」


こんな感じ?

311 :名無し三等兵:2010/07/06(火) 17:34:28 ID:???
>>306
眉に唾を付けたくなる様なお話ですね

312 :名無し三等兵:2010/07/06(火) 18:26:59 ID:???
日本人ならやりかねんけどな

313 :名無し三等兵:2010/07/06(火) 18:46:52 ID:???
>>312
つ鏡

314 :名無し三等兵:2010/07/06(火) 19:02:57 ID:???
>>308
306をよく読め長門の艦長してた友人の祖父ではなく
そのまた祖父だからひいひい爺さん
その爺さんが何かの船に乗っていたときの話だと思う
(嘘か本当か知らないが)

315 :名無し三等兵:2010/07/06(火) 19:13:03 ID:???
日本語でおk

316 :名無し三等兵:2010/07/06(火) 19:16:46 ID:???
年代的に60くらいの人の友人の祖父だから日露ではないだろうな
恐らくWW2の時の出来事だと思われ・・・


317 :名無し三等兵:2010/07/06(火) 20:28:02 ID:XN2oI7EK
太平洋戦争でロシアの船なんて沈めてねえから

318 :名無し三等兵:2010/07/06(火) 20:30:38 ID:???
>>316
大和が沈没したときに、救命ボートに乗ろうとした兵の手を士官が切ったという真偽が定かでない話とごっちゃになってる気がする。

319 :名無し三等兵:2010/07/06(火) 21:58:42 ID:???
>>318
それだ
知り合いの友人の祖父という時点で怪しさMAXだなぁとは思ったが

320 :名無し三等兵:2010/07/07(水) 06:01:37 ID:???
>>306
「職場の定年間近の人」
     ↑
 「その人の友人」:年齢差は特に断ってないならまあ同年齢と推定
     ↑
  「その祖父」=「戦艦長門の艦長をやっていた」人=Aさんとする
                      ↑
                  1:その人=Aさん=は「Aさんの祖父」が大嫌いだったと言う。
                  2:その人=話の当人である友人=は「その祖父=Aさん」が大嫌いだったと言う。


321 :名無し三等兵:2010/07/07(水) 08:46:09 ID:???
つまり職場の定年間近の人の友人である長門の艦長の孫は自分の祖父が嫌いだったと言う事だろう

322 :名無し三等兵:2010/07/07(水) 11:22:28 ID:???
まるで
友達のお兄さんの知り合いのスーパーハッカー
みたいだ

323 :名無し三等兵:2010/07/07(水) 13:25:13 ID:65MzhwtD
友人?である自分に対してどうどうと、お前の祖父は人殺しだから大嫌いだ!
というのもどうかと思うが?
そこまで面と向かって言うのは友人ではないと思うのだけれども

324 :名無し三等兵:2010/07/07(水) 13:47:51 ID:vZOVctmB
言ってる事がよく分からんな
エスペラント語で頼む

325 :名無し三等兵:2010/07/07(水) 14:42:01 ID:???
百済王分家の臣民としては古代朝鮮語でおねがいします。

326 :名無し三等兵:2010/07/07(水) 15:31:59 ID:???
あなたのおにい様の初体験を教えて

327 :名無し三等兵:2010/07/07(水) 18:31:03 ID:???
>>323

釣りだと思うがマジなら日本語勉強しろw

328 :名無し三等兵:2010/07/07(水) 22:32:29 ID:???
こないだの父方の祖母の葬式で初めて知ったんだが父方の祖父は落下傘部隊だったらしい
所属は空輸挺身第二連隊第一中隊とのこと
階級は曹長、准尉直前に終戦
日記の奥のページに回想録があったので手書きでコピペしてみる

昭和13年:徴兵検査(明石) このとき20歳
昭和14年:徴兵検査(春川)
昭和15年:大邸歩兵八十連隊入隊
昭和16年:下士官教育(篠山)
昭和17年:パレンバン降下作戦(2.14)
昭和18年:パラオ、ペリリュー島駐留、スマトラに転進
昭和19年:スマトラ、シボロンボロン駐留、内地帰還 *おそらく宮崎県川南または福岡県小倉
昭和20年:終戦、復員式(9.2)

戦争に関しては以上だ

329 :名無し三等兵:2010/07/07(水) 22:48:24 ID:???
追記、父方の祖母の兄が艦で航空機の整備をしていたらしい
艦名は知られている限りでは阿武隈、榛名、飛龍
ミッドウェーでは駆逐艦に助けられたらしい
艦の所属順は分からないが終戦まで生き残ったことから阿武隈が最後ではないだろう

なんか直系の唯一の男子である俺が自分の境遇を恥じるいい機会になった

330 :名無し三等兵:2010/07/07(水) 23:09:53 ID:vZOVctmB
>>329
立派なご先祖様に負けないようにガンバレよ!!

331 :名無し三等兵:2010/07/07(水) 23:57:35 ID:???
>>330
励ましは極めてありがたい
しかし「空の神兵」の一族の家督としてのプレッシャーに押し潰されそうだ

332 :名無し三等兵:2010/07/08(木) 00:15:00 ID:???
>>331
関係ないよ
君のご先祖様が立派だからといって、君がニートやフリーターで悪いことはない

333 :名無し三等兵:2010/07/08(木) 02:58:36 ID:???
英霊たちには申し訳ないのだが、学者だった祖父はいろいろ研究していて
ジャワ島で「土人の踊り」(ママ)を見た翌日、飛行機に乗って帰るとき
軍刀を忘れて、気づいた人が離陸前の飛行機まで持ってきてくれたそうだ。
本人は戦後も長生きして老衰で死にました。まあ、もともと軍人でなかった
という事で勘弁してくれ。軍の命令で研究していた軍属という奴ですね。
あまり細かく言うと特定されちゃうけど、兵器関係の研究ではありません。

334 :名無し三等兵:2010/07/08(木) 03:42:12 ID:???
>>324
ヤフルト ←ヨーグルトの意味だそうで、それしか知らん。

335 :名無し三等兵:2010/07/08(木) 03:47:48 ID:???
>>321
世代の関係と、戦艦の艦長であり得る年齢からいって、
Aさんは「日本海海戦の頃に生まれた」人でしかないはずなのだよ。

336 :名無し三等兵:2010/07/08(木) 07:46:07 ID:???
今の政界や財界はびこっているのは軍族
後方に隠れてのうのうと生き延びてきた連中
そりゃあ恥ずかしくて戦争体験なんて語れんわな
そもそも実体験してないし

337 :名無し三等兵:2010/07/08(木) 11:56:38 ID:???
>>336
はびこるって、終戦の年に二十歳だった連中がいま八十五歳なんだが。
「はびこる」ほど生き残ってはいまい。

338 :名無し三等兵:2010/07/08(木) 17:51:17 ID:???
そう考えると元海軍主計中尉だった中曽根さんはすごいな
小泉さんに引導を渡されなければ、死ぬまで現役議員を続けて
政界に“はびこる”気満々だったんだからな


339 :名無し三等兵:2010/07/08(木) 18:04:31 ID:???
中曽根の場合、息子が後継者としてはいまいちだからな。わしが現役でいるうちに三代目の目をと思い
やめられなかったんじゃないの。

340 :名無し三等兵:2010/07/08(木) 18:41:29 ID:???
>>336
戦後の日産に巣食ってた連中とかか

341 :名無し三等兵:2010/07/08(木) 19:36:09 ID:???
>>332
何で俺がヒッキーなの知ってんだ?

342 :名無し三等兵:2010/07/09(金) 13:51:27 ID:???
>>339
秀忠より家光に期待を掛けてた家康みたいなもん?

343 :名無し三等兵:2010/07/09(金) 17:43:28 ID:???
憲法改正の歌 作詞中曽根康弘
http://www.youtube.com/watch?v=x21PiXfWxSg


鳴呼(ああ)戦(たたか)いに打ち破れ 敵の軍隊進駐す
平和民主の名の下に 占領憲法強制し
祖国の解体計りたり 時は終戦6ヶ月

占領軍は命令す 若(も)しこの憲法用いずば
天皇の地位請け合わず 涙をのんで国民は
国の前途を憂(うれ)いつつ マック憲法迎えたり

10年の時は永くして 自由は今や還りたり
我が憲法を打ち立てて 国の礎(いしずえ)築くべき
歴史の責を果たさんと 決意は胸に満ち満てり

国を愛す真心を 自らたてて守るべき
自由と平和民主をば 我が憲法に刻むべき
原子時代に遅れざる 国の理想を刻まばや

この憲法のある限り 無条件降伏つづくなり
マック憲法守れるは マ元帥の下僕(げぼく)なり
祖国の運命拓(ひら)く者 興国(こうこく)の意気挙(あ)げなばや

344 :名無し三等兵:2010/07/09(金) 17:45:42 ID:???
この歌を作った血気盛んな元帝國海軍軍人である若き日の中曽根議員が
アメリカを始め中国韓国に土下座しまくる売国左翼政治家になってしまうとは
一体全体何があったんだ?

345 :名無し三等兵:2010/07/09(金) 20:45:34 ID:???
>>343
ネトウヨと対してかわらんな大勲位

346 :名無し三等兵:2010/07/09(金) 21:50:53 ID:/O81KxWS
>>344
自分の保身の為に決まってんだろ

347 :名無し三等兵:2010/07/10(土) 02:02:24 ID:???
>>344
武力戦争の準備なんかに金使うくらいなら、経済戦争にいそしむほうが得だと気がついたからじゃない。

348 :名無し三等兵:2010/07/10(土) 02:39:54 ID:???
雨さんはうまいよね。戦前の軍拡がとどのつまりは市場開放・資源獲得レースにあると気づいて
さくっと自由貿易体制に切り替えて西側諸国の最大市場を解放した。
ものの見事に共産国家は熱い戦争になる前に東側陣営の大半がこけてしまった。
自国が機能不全になる前に「白猫であれ黒猫であれ、鼠を捕るのが良い猫である」とぶちあげたケ小平はマジ天才。

349 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/10(土) 06:38:59 ID:???
自分の死後のことは気にしないだろうが、それまで抑え込んでいた中共人という厄済を
元安の不均衡貿易と共に世界に解き放ち、全人類の怨嗟の的になったことは、
繁栄の期間の何倍かの排斥の歴史を負うことに繋がるよ。

350 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/10(土) 08:55:35 ID:???
>>344
十代に左翼にはまらないのは馬鹿
二十代で左翼にはまっているのは馬鹿

まあそういうことだろう。

351 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/10(土) 09:21:24 ID:???
>>344
時代を考えたら保身一択

352 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/11(日) 13:43:09 ID:???
うちのじいちゃんの話をばあちゃん聞いた事があるから書く
じいちゃんは徴兵されてから浜松で訓練して満州に行った
満州では飛行場の警備などをしていたと思われる(高射砲が話に出たので推測)
終戦後はソ連軍の捕虜となりシベリアに送られたものの
手先が器用だったのでソ連兵の髭そりをしてなんとか生き延びて帰還
おばあちゃん曰く、「あんな小柄な人がよう生きて帰ってきたて」だそうな

353 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/11(日) 20:07:15 ID:???
特技があると生き延びられるんだな

354 :名無しさん@そうだ選挙に行こう:2010/07/11(日) 21:29:33 ID:???
>>353
うちの親戚は工兵で測量ができたから楽できた、ってきいたな。

355 :sage:2010/07/12(月) 03:25:17 ID:H8aU7O22
俺が爺さんから聞いた話を書こうと思う、
爺さんが亡くなって十数年経つし、俺も子供だったからうろ覚えだが…

爺さんは駆逐艦の躁舵手をしていたそうだ、
艦名、作戦などは「わすれちゃった」とか言って教えてくれなかったが、
今にして思うと言いたく無かったかもしれん、

対空砲火が始まると後ろに立ってる艦長の声も聞こえない程うるさく、
それでも艦長の声を耳を凝らして聞き、舵を右に左にきっていたそうだ、
最後は旗艦の盾となって魚雷を食らって沈んだそうだ、
爺さんは燃え上がる艦橋から同僚と二人、艦長に海に投げられて助かったそうです、
艦長の最後の言葉は「お前たちは死ぬな!」と言って燃える艦に入って行ったそうです。


356 :名無し三等兵:2010/07/12(月) 04:48:23 ID:???
支那ではちょっと小銃チラつかせば女とヤリ放題だったって
旦那や子供が見てる前での5〜6人での和姦は最高に興奮したらしい

357 :名無し三等兵:2010/07/12(月) 06:23:57 ID:???
和姦なら別にいいが。

358 :名無し三等兵:2010/07/12(月) 08:15:58 ID:???
さすが菊の御紋 陛下の御威光 支那女もメロメロ

359 :名無し三等兵:2010/07/12(月) 09:53:49 ID:???
>>356可哀想な奴だな・・・
それ発覚したら厳罰もんだから普通の兵士はやらないし、それを防止するために慰安所があったんだがな。
にもかかわらず、そういう事が出来て、あまつさえ自慢気に話せるって事はどういう出自なのか言わなくても分かるよな?

360 :名無し三等兵:2010/07/12(月) 11:35:44 ID:???
普通の兵士はやらないねぇ
戦争美化すんなよ、強姦くらいあって当たり前だ
慰安所が出来たのもそういう背景からだろ
だいたい、中国戦線で軍規なんか守ってたら戦争できないの知ってるだろ?
日常と戦場はぜんぜんちがう
時代が違う
意識が違う
今の感覚では理解できない
部下を棍棒で思いっきり殴ったり、すぐに鉄拳制裁したり、銃剣で人ぶっさしたりそんな生活今の俺らに想像できるか?




361 :名無し三等兵:2010/07/12(月) 11:36:39 ID:???
>>355
壮絶な経験ですね…。艦長南無

362 :名無し三等兵:2010/07/12(月) 12:51:45 ID:???
>>356
そういうことをする皇軍の誇りが無い奴は、エラの張ったつり目の大柄な男だったそうだよ。


363 :名無し三等兵:2010/07/12(月) 13:48:20 ID:???
日本人の犯罪率は0%!ってやつですか?分かります

364 :名無し三等兵:2010/07/12(月) 15:34:26 ID:???
>>356
それはお祖父さんの話?
戦時中が非日常なのは当然だけど、きついな。

365 :名無し三等兵:2010/07/12(月) 19:22:08 ID:???
>>356みて思ったのが、他人にSEX見せつけるってどこから来た文化だったんだろうかという疑問だな
っていうか孫と強姦・輪姦について語り合えるってある意味すさまじいじい様だな
まぁ、中国兵やロシヤ兵やアメリカ兵の強姦話が出てくるんだから日本兵のがあってもある意味不思議じゃないよね

366 :名無し三等兵:2010/07/12(月) 19:24:20 ID:???
大伯父のエピソード。
開戦を控えペンキで艦名を消していたら、オのところでペンキなくなり、「ボロ」となったという話を母はきかされたらしい。


367 :名無し三等兵:2010/07/12(月) 20:20:18 ID:???
やたらに釣られているがどうしたんだろう

368 :名無し三等兵:2010/07/12(月) 20:23:39 ID:???
第二次世界大戦の米兵やベトナム戦争時の韓国兵の混血児は大量に居るのに
絶好のゆすりネタのはずの、日本兵の混血児がなぜか出てこないんだよな
偽残留孤児やその偽家族があれだけ出てくるんだから、本当に強姦があったなら
混血児がたかりに来てもおかしくないだろう。

369 :名無し三等兵:2010/07/12(月) 20:45:28 ID:???
そりゃそんな事実が無かったからに決まってるだろ
我らが皇軍の軍律の厳しさ・規律を遵守する精神は世界一
支那女などには触れることも無かったと聞いているぞ
かの国の人と勘違いしてるんじゃないの?

370 :名無し三等兵:2010/07/12(月) 20:54:54 ID:???
またネトウヨの検閲かw
自国の歴史に正面から向き合えよw

371 :名無し三等兵:2010/07/13(火) 00:21:50 ID:???
日中戦争が侵略戦争つう定義なんだが、文句を言いたいなあ
上海事変で蒋介石に誘い込まれたから進撃したのであって
満州以外に侵略する意図は持ってなかったんだよ
出来ることならやりたくなかった戦争
それが日中戦争だよな

372 :名無し三等兵:2010/07/13(火) 01:49:05 ID:???
>>370
で、そう言うお前は当然、その史観に基づいて中韓に土下座して謝りに行ったんだよな?
やってないなら大口叩くなよ。

373 :名無し三等兵:2010/07/13(火) 05:06:57 ID:???
皇軍のレイプは綺麗なレイプ

374 :名無し三等兵:2010/07/13(火) 07:07:20 ID:???
>>373
良い核と悪い核があると主張する某団体とどこが違うのか。


375 :名無し三等兵:2010/07/13(火) 11:02:37 ID:NSeAf+T8
祖父は戦闘中に敵(米兵)の傷をなぜか手当して背負って隠れてたことがある
別の戦場で、祖父が怪我して歩けない状態になりあきらめてたら
祖父が助けた米兵が偶然いて、傷を手当してくれた
それから日本にきてくれて歩けない祖父を背負って祖父の家まで送ってくれた
父が言うには190くらいの身長で祖父を置いてすぐ帰ったらしい
祖父のくびにはスコップで叩かれたあとがくっきり残ってたらしい
上官に反抗ばかりしてたとか・・・

376 :名無し三等兵:2010/07/13(火) 13:16:48 ID:???
うちの嫁のじいさんの弟さんは、武蔵の乗員だったそうな(当然、戦死された)

うちのじいさんは南方方面で補給船の船長さんだったそうな
親父たちにお土産として失敬したバナナとか
あげてたらしい

377 :名無し三等兵:2010/07/13(火) 17:02:01 ID:???
うちのじいちゃんはとにかく上官に殴られた事しか話さなかったなぁ
自分が関わってないことでも、目の前にいる奴を殴る、虫の居所が悪いと殴る
俺たちの扱いは牛馬以下だったよって、戦争にまさか負けるとは思わなかったけど
負けたのが決まった時は、周りを気にして泣いたけど、心の中で万歳三唱小躍りしたって

378 :名無し三等兵:2010/07/13(火) 20:09:54 ID:???
>>375
ドコの戦線?     

ドラマだねぇ〜。

379 :名無し三等兵:2010/07/13(火) 21:43:44 ID:+Lk5tOR6
取引先にいたおじさんの話ですが、
その人は、陸軍の落下傘部隊にいて、ビルマ、インドネシアなどを転戦していたそうです。
開戦中ごろまでは、すぐに戦闘になることは少なく、待機が多かったそうです。
待機中は、暇かというとそうでもなく、兵は、駐屯地の警備その他で外出無し。
下士官も、いつ出動が掛かるか解らないので、駐屯地の近辺のみ、しかも二人以上でしか
許されなかったとの事。
外出しても、憲兵が煩くて、つまらなかったと言っていました。
それでも、終戦間際は、落下傘部隊に入る前に居た部隊は全滅、おじさんも落下傘部隊が解隊、
一般部隊に編入になり何度死ぬかと思ったそうです。

380 :名無し三等兵:2010/07/13(火) 22:35:02 ID:Fpe+fvVy
http://page10.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/m79259991
恩賜時計 age

381 :名無し三等兵:2010/07/13(火) 22:40:47 ID:???
2年前に鬼籍に入った爺ちゃん
海軍で高射砲の砲長をしていた
あんなアリみたいな大きさの目標に照準合わせてあたるはずがないとぼやいていたが

…海軍の高射砲?


382 :名無し三等兵:2010/07/14(水) 00:13:51 ID:???
帝国海軍は「高射砲」ではなく「高角砲」と呼称する、という以外は特におかしくないが。

383 :名無し三等兵:2010/07/14(水) 00:34:41 ID:???
>>380
御賜ですな。
本物かしら。


384 :名無し三等兵:2010/07/14(水) 01:06:35 ID:???
>>380
それパチもんじゃないか?
竜頭の上のチェーン通すワッカの形状が接合部の所が横に角みたいにい飛び出してるけど、
同時代の懐中時計の画像みると基本そんな物がないただのワッカだし、
ムーブメントの画像みると精工舎のエンパイアってタイプのものと似ているけど、
SEIKOSHAと刻印されている所に他所の画像だと精工舎の略式表記のSKSの下に15石を表す15 JEWELSが入ってるし。
http://img325.auctions.yahoo.co.jp/users/1/4/3/4/qzd05731sakai-img600x450-1278565103mjt3wh22506.jpg
http://homepage2.nifty.com/daiou/ontama31.jpg
何より御賜の字体が他所の画像と比較すると、漢字の書体をよく知らない人間が見よう見まねで書いたようなおかしな形に見えるんだが。
http://img325.auctions.yahoo.co.jp/users/1/4/3/4/qzd05731sakai-img600x450-12785650975n3ho323590.jpg
http://livedoor.2.blogimg.jp/peaceman08/imgs/7/1/7172a350.jpg
http://www.iishop.co.jp/images/seikosha17638_o2.jpg

385 :名無し三等兵:2010/07/14(水) 01:55:00 ID:???
>>380
文字盤の文字が判読できなかったんでタイプが不明だったが、
精工舎の懐中時計の画像いろいろ見て回ってたら確定できた、
PRECISIONって鉄道時計じゃないかw
普及品を御賜時計に使用する訳ないからパチもん確定だなw

386 :名無し三等兵:2010/07/14(水) 07:30:33 ID:???
89,000円で落札されちゃってるけど…見なかったことにするか。

387 :名無し三等兵:2010/07/14(水) 15:17:56 ID:???
年代がインチキでなければ、鉄道時計としてそれなりの価値があるんじゃなかろうか?

388 :名無し三等兵:2010/07/14(水) 21:44:10 ID:???
>>387
実際に鉄道で使用されたのなら裏蓋に、使用した鉄道を識別する文字ないしは
標章と管理番号の類が刻印されてる。
それが無い上に怪しい文字が刻印されている。
裏蓋が丁番で開閉するようになってるが、見て回った範囲では
PRECISONの鉄道時計の裏蓋は分離式で、開閉式の物は無かった。
民間販売用にそういう仕様があったのなら、骨董品としてそれなりの値が付くだろうけど、
分かる範囲でこういろいろ弄ってると年代すら怪しいと思う、
てか、大切に保存されていた恩賜時計ならともかく、使い倒される鉄道時計なら全体的に綺麗過ぎる。
へたすると戦後に民間向けに販売されたタイプかもしれん。

389 :名無し三等兵:2010/07/14(水) 22:08:39 ID:???
>>388
高級懐中時計は戦中に生産中止になっている。

>>384
がupしたムーブメントの画像はエキセレントという全く違う時計のもの。

それに、吊り金具がΩ型で裏蓋が蝶番式の19セイコーも存在するよ。

これは間違いなく戦前の19セイコー。

そもそも、裏蓋二重式で吊り金具がΩ型15石は一般には市販されなかったら
しいし、鉄道用は7石で、ケースも違う。

三島由紀夫が学習院主席でもらった御賜時計がどうやらこのタイプらしい。

390 :名無し三等兵:2010/07/15(木) 00:17:40 ID:???
>>384
ですね。字が間違ってるし。

というか、あるいはそういう字体も存在しているかも知れないけど、
「日本では使ってない」、あたりが落ちかな。

391 :名無し三等兵:2010/07/15(木) 00:22:03 ID:???
>>389
字が間違ってるんだけど、そういう字体の本物も実在したということ?

392 :名無し三等兵:2010/07/15(木) 11:36:41 ID:???
>>391
http://www.interq.or.jp/www-user/mahoroba/MUSEUM/display_room/Remembrance/OnsiTokei/OnsiTokei.html


393 :名無し三等兵:2010/07/15(木) 16:00:11 ID:???
25 名前:雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ [sage] 投稿日:04/12/20 02:30:40 ID:O9rSQcwI
知り合いの話。

仕事で東南アジアへ行った時のこと。
赴任先の街は樹木生い茂った密林に面しており、大戦中はその森から山にかけて、
日本軍が激しい戦闘を繰り広げた過去がある。

仲良くなった現地の同僚が、食事に招待してくれた。
香草がかなりきつかったみたいだが、それでも料理は美味しかったという。
食事後に大人同士で歓談していた。
お互い片言の英語で会話していると、いきなり耳に飛び込んできた日本語がある。

 グンソウドノ、グンソウドノ

微妙に発音がおかしかったが、確かにそう言っている。
見れば、家の子供たちがそう言いながら追いかけっこをしていた。
怪訝に思い同僚に聞くと、あれはお化けごっこをしているのだという。
山近くの森の中で、夜になると「グンソウドノ」と叫ぶような声が聞こえるのだが、
現地ではそれをお化けの声としているのだそうだ。

その場に居合わせた者は誰一人、それが日本語だと気がついていなかった。
現地組は他にも、こんな叫びが聞かれると教えてくれた。
「オイテカナイデ」「ミズクダサイ」

彼は強引に話題を変え、それ以上その声について触れなかったという。

394 :名無し三等兵:2010/07/15(木) 16:02:34 ID:???
30 名前:雷鳥一号 ◆zE.wmw4nYQ [sage] 投稿日:04/12/21 05:34:18 ID:ESX/XeOI
私の体験した話。

仕事で山奥の農家に出入りしていた時のこと。
土工作業が長引いてしまい、終わる頃には日が疾うに暮れていた。
黒々とした山を眺めながら施主と話をしていると、乾いた破裂音が聞こえた。

 ぱぁん!

爆竹ですかねと施主に振ると、さらっととんでもない返事が返ってくる。
「いや、ありゃ銃声だよ」
驚く私に、親父さんは次のような話をしてくれた。

日露戦争が始まる直前、この山の近くに練兵場があった。
徴兵されたばかりの新兵には訓練に耐え切れない者も多く、脱走者が相次いだ。
脱走兵の内何人かはこの山に入り込み、持ち出した銃で自殺したのだという。
その時の銃声が、毎年同じ時期に山に響くのだそうだ。

「わしの親父も聞いていたというから、もう随分になる。
 丁度この時期になると、いまだにぱんぱん鳴ってるなぁ。
 延々と自殺し続けてるのかもしれんのぅ」

呆然と暗い山を見渡したが、それ以上何も聞こえない。
その現場が終わるまでに、私はもう一度だけその音を聞くことになった。

395 :名無し三等兵:2010/07/15(木) 16:03:16 ID:???
29 名前:本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:04/12/21 01:01:10 ID:kD3YBUxb
西丸震哉のたしか『未知への足入れ』という本に似た話があった。
(以下うろおぼえ)
彼はパプアニューギニアだったかに現地の人の味覚調査に行った。
現地の人が、「このあたりの森は夜になると幽霊の叫び声がする」という。
どんな叫び声なのか、と西丸氏が問うと、現地の人は
「シカリシロー」「ガンバレー」等々と聞こえる、という。
もちろん彼らはそれがどういう意味か知らない。

396 :名無し三等兵:2010/07/16(金) 02:38:20 ID:???
>>392
? こっちは、字として正しいよ?

397 :名無し三等兵:2010/07/19(月) 20:47:09 ID:???
硫黄島じゃ普通にあるらしいよなその手の話

398 :名無し三等兵:2010/07/19(月) 21:01:24 ID:???
>>397
宿舎で寝てると部屋の隅に白い陰がとかな

399 :名無し三等兵:2010/07/19(月) 22:31:52 ID:???
>>397
http://yasai.2ch.net/army/kako/974/974847642.html
過去スレだが、その手の話満載

400 :名無し三等兵:2010/07/19(月) 22:57:26 ID:???
不肖!宮嶋が特別に許可を得て地下壕で一晩過ごしたけど何もなかったらしいんだよなw

でも、知人の自衛官が遺骨収集に同行した時は、キャンプファイヤーで火を取り囲んだら、
一部誰も座らない場所があって人が入れ替わっても誰もそこに座ろうとしないんで
後から周辺に座って人になんで空けてたの?って聞いたら
空きスペースなんてなかったよ?と答えが帰ってきたそうで、
あからさまな霊体験はしてないが、やっぱりあそこはそういう事あるよと言ってた・・・

401 :名無し三等兵:2010/07/20(火) 03:28:17 ID:???
硫黄島は、天皇さんの慰霊以後収まったという話だけど?

402 :名無し三等兵:2010/07/20(火) 16:04:54 ID:???
もう死んじゃったけど、近所に硫黄島生き残りのお爺さんがいました。
NHKが報道してた米兵との交流慰霊祭?にもちょっと写ってたりした。
遺骨収集には必ず参加してた。
この人の話では

現地での収集は形ばかり。役人が先導して壕の入り口付近だけを捜索。
入り口から数メートルへんをチョコチョコ掘ったり水筒などを拾ったりして終わり。
少しでも奥へ行こうとすると「危険ですからやめてください」と叱られる。
役人特有の「とりあえずちゃんとやってますからねー」みたいな、形だけで
済まそうという腹が見え見えなんだそうだ。

中がどうなってるのか分かってるのは俺たちだけ、俺たちが死ねばもう
誰も骨を拾ってやることはできない。生きている間に本当の収集をやらせて
もらいたい、といつも云っていたそうだ。

靖国神社がどうのこうのと議論されることがあるが、骨を本気で拾ってやる
ことすらせずに何が英霊だ御霊だと思う。
日本は情けない国だと思うよ。

403 :名無し三等兵:2010/07/20(火) 17:15:55 ID:???
>>402
茶化す訳ではないが
戦争に負けると謂う事はそう謂う事だと思う
勝った戦争ならば国を挙げて遺骨収集をするだろうが
負けてしまった戦争の事は早く忘れたいとの気持ちが強いと思う
オレの親戚にも陸海軍への従軍経験者は何人かいたが
何処へ出征したか詳しい事を知るのは、大抵本人が鬼籍に入ってからだな
本人だけでなく当時を知る家族も戦争の話はしたがらなかったもんな
10年ほど前に亡くなったおじさんは、一度目の召集で大陸に行き
二度目の召集は昭和18年のラバウルだった
何とか無事に帰還できたけど、晩年はラバウルで罹患したマラリヤに苦しめられたみたい
生前のおじさんは無口で温厚な人で、戦争中の話を聞いた事は無かった
ラバウルに行ったのが昭和18年だから、相当辛い思いをしてきたと思う
でも、おじさんも家族もその時の話をした事は一度も無い
もし先の戦争が勝ち戦だったら、辛い経験をしてきたおじさんでも
少しは戦争の話をしてくれたかもしれない


404 :名無し三等兵:2010/07/20(火) 17:19:22 ID:???
>>402
落盤で犠牲が出たりしたときに責任問題になるのがいやなんだろうな
そういう問題ではないと思うけど…

ニューギニアあたりもひどいらしいね
海岸からちょっと入ったあたりでちょこちょこっと探しておしまいとか。

405 :名無し三等兵:2010/07/20(火) 17:22:17 ID:???
>>403
たしかに勝ち戦なら遺骨収集ももっと予算と組織が付いて大々的にやれたんだろうな。

406 :名無し三等兵:2010/07/20(火) 19:30:51 ID:???
遺骨収集に勝ち戦も負け戦も関係ないだろ。
徴兵して戦死させた国民に対する国家としての誠意の問題だ。
アメリカでは、ベトナム戦後何十年経っても、米兵の遺骨が見つかると
引き渡しを要求し、アメリカに戻した遺骨は大統領が出迎え厳粛な
セレモニーが営まれる。「この兵が誰かは分からないが、祖国に対する
最大の功労者の一人である」といった賛辞が大統領によって読み上げられ、
星条旗で覆った大きな棺に入れられて戦没者墓地に埋葬される。
ベトナム戦争はアメリカにとって勝ち戦ではなく、忌まわしい記憶だろうが、
それでもやることはやっている。

407 :名無し三等兵:2010/07/20(火) 20:22:03 ID:???
しかし、真珠湾に沈んでいる遺骨は、「わざと」回収していない。



408 :名無し三等兵:2010/07/20(火) 21:15:49 ID:???
>>406
勝ち負けは関係ありまくりだよ。
革命とか称して自分等のいうことに従わない者を圧殺することを宗旨とする宗教団体が、
勝ち続けている間は封殺されていたところ、敗戦後に跋扈して、そういった行為に難癖を
つけて妨害しまくったという歴史を知らないか、知っていて故意に目を逸らしてる?

409 :名無し三等兵:2010/07/21(水) 01:32:36 ID:???
>>408
在日キリスト教会?

410 :名無し三等兵:2010/07/21(水) 01:57:29 ID:???
>>402
もう20年以上前になるかな?TBSの報道特集で、顔が怖いので料治直矢と「鬼瓦コンビ」
と言われた堀宏がニューギニアの白骨街道を訪ねるドキュメンタリーがあった。

番組の構成としては、
 1.ニューギニアの白骨街道にはいまだに日本兵の遺骨が収集されず野ざらしに
   なっているという情報が有る。
                       ↓
 2.厚生省に取材すると、「そこは何度も遺骨収集しているので、遺骨はもうありません。」
                       ↓
 3.堀宏、現地を歩く。ちょっと歩いただけで野ざらしのご遺骨が次々と・・・
   鬼瓦の堀宏が「こんなのあんまりだ。酷過ぎる・・・」と号泣。
                       ↓ 
 4.取材結果を踏まえ、厚生省に遺骨収集の再開を要求するが、厚生省はあくまで
   正式な遺骨収集で遺骨は全て収容したというスタンスで、再収集する考えは無い
   との回答。

 強面のいい歳したオヤジジャーナリストが遺骨を拾いながらボロボロ泣いている姿は
印象的だった。

 続く

411 :410:2010/07/21(水) 02:22:28 ID:???
>>410続き

当時の空気というか雰囲気というかは、戦後1970〜80年代前半くらいまでは
ご遺族も若く、多くの遺骨収集団が組織されて海外に出かけていた。
で、当然そういうご遺族が海外に行く以上、政府・・・というか敢えて名を挙げないが
某政権党・・・も知らん顔出来ないので担当省庁の厚生省の役人を同行させたり、
収集団を主催させたり。

ところが戦後40年も経つとご遺族も高齢化して南方のジャングルを歩くような
収集活動は難しくなると、これ幸い?と政府による収集活動も終息方向へ。

私見だけど、この遺族の高齢化と遺骨収集活動の終息するのと反比例して
政治家の靖国参拝ってのが色々騒がれるようになった気がするんだよね。

これ以上はアレなんで書かんでおくわ。


412 :名無し三等兵:2010/07/21(水) 02:27:09 ID:???
終息なんかしてねえよ。ちょっとは調べてから物書け。

413 :名無し三等兵:2010/07/21(水) 03:50:45 ID:???
>>412
調べたよ。最近やってるのは国内の硫黄島や沖縄、海外はシベリヤやモンゴルの
収容所の墓地やら、南方では野戦病院跡地やら「そこに遺骨が確かに有る」って所が
多くないか?

80年頃までは激戦地のジャングルに戦友や遺族会の方が分け入って遺骨を集めて
いることが多かった。

あ、ちなみにみんなの嫌いなみんす党の方が痔民党より遺骨収集には熱心みたいだな。
ttp://www.asahi.com/politics/update/0721/TKY201007200652.html

414 :名無し三等兵:2010/07/21(水) 04:12:50 ID:???
そこで民主だの自民だの社民だのいいだすと途端に煽りくさくなることには気づいた方がいいと思うぞ


415 :名無し三等兵:2010/07/21(水) 05:35:03 ID:???
>>414
個人でできる事にが限界が有る。できるんだったらとっくに解決してるでしょ?
できないからどうしても国や役所のサポートが必要になる訳で、そうなると政権
の思惑とか政策がからんでくるのは当然だと思うが。

416 :名無し三等兵:2010/07/21(水) 11:41:05 ID:???
>>410
TBSがやってる時点でやらせを疑うべきだろう。人骨が日本兵であると特定できる根拠
はあったのか?
他人の骨をかっぱらったら後から国際問題になるだろう

靖国神社に関しては朝日新聞の方針だから、遺骨収拾とはリンクしない

417 :名無し三等兵:2010/07/21(水) 15:12:55 ID:???
>>416
あの頃の報道特集がなんと言われてたか知ってるかい?骨太の番組作りで
日テレのNNNドキュメント等と並んで「民放の良心」とまで言われてたんだぜ?

ご遺骨周辺には鉄兜等の遺品が散乱、軍靴を履いたままのご遺骨もあったと
記憶。
それ以前に太平洋戦争の激戦地で日本軍がボロボロで敗走して「白骨街道」と
呼ばれているルート上にご遺骨がゴロゴロ転がってたら、日本兵の物と考える
のが常識的じゃね?



418 :名無し三等兵:2010/07/21(水) 17:49:25 ID:???
何時になったら一般社会で
ごく普通に遺骨収集の話が出来るようになるんだろうな
職場の昼休みに、その手のニュースが流れていても殆どが無関心
オレがそれとなく話を振ってみても良くて「ふーん」で終わり
人によってはあからさまに怪訝な顔をするものもいる
このスレでカキコしているように、へんな言い方だが一般社会で同じように
話が広がるような雰囲気が醸成されないかぎり
国を挙げて、先の大戦で亡くなった方々の遺骨収集活動が進む事は無いんじゃないかな


419 :名無し三等兵:2010/07/21(水) 23:36:07 ID:???
でもオマエら、遺骨収集やったことないだろ? オレはあるぞ。

420 :名無し三等兵:2010/07/21(水) 23:50:51 ID:???
kwsk

421 :名無し三等兵:2010/07/22(木) 00:05:31 ID:???
kwskもなにも、元厚生省援護局の職員だからね。毎年一度は必ず行ける。
なぜか北方専門だったから、ロシアに1ヶ月送られて、ひたすら掘る。並べる。写真撮る。焼く。のループ。

422 :名無し三等兵:2010/07/22(木) 02:24:10 ID:???
宗男の悪行について教えろよw

423 :名無し三等兵:2010/07/22(木) 03:46:53 ID:???
とりあえず先の大戦を風化させる方向で日本全体が動いてる以上、遺骨収集だのなんだのは進まんままだろうな
どうにか進めようとするたびに「グンクツがどうの」とか言い出すだろうし
最後には結局「謝罪と賠償と独島」に行きつくだろうし

424 :名無し三等兵:2010/07/22(木) 08:39:16 ID:???
>>423
その前に官房会計という壁があり、その向こうには財務省主計局という名の厚い壁が立ちはだかる

425 :名無し三等兵:2010/07/22(木) 09:14:15 ID:???
ハニ垣みたいに自民党総裁経験者には主計局出身いたよね
福田とか、宮沢とか。
あいつら在任期間中にそういうのスルーしたからだよ。 
残念だったね 世の中やっぱり民主党だよね。

426 :名無し三等兵:2010/07/22(木) 09:44:17 ID:???
>>425
そもそも省内で潰されていた可能性もある
援護系はそもそも外様な上に、社会・援護局なんて名目で生活保護や社会福祉やる局の中に混ぜ込まれてるし

本来なら防衛省内か内閣に恩給や遺骨収集を取り仕切る専門の組織ががあって
しかるべきだと思うんだが

「戦争放棄」で建前上は戦争とはもう無縁になったゆえか…

427 :名無し三等兵:2010/07/22(木) 18:30:39 ID:???
万万が一に日本と他国の間で小競り合いが起き
陸海空の何れかの自衛官に犠牲者が出たとしたら
日本人はどんな反応を見せるのかな?
国を挙げて哀悼するのだろうか、それとも我関せずの態度をとるのだろうか

オレの伯父さんが昭和12年に大陸で戦死したときは
じい様とばあ様は靖国神社に行き白木の箱を持ち帰ったそうだ
そして田舎に帰ってきたじい様とばあ様を村の人達が迎えてくれたそうだ
今年もあと数週間で8月15日がやって来るんだよなぁ

428 :名無し三等兵:2010/07/22(木) 20:45:40 ID:???
>>427
その頃は戦死者が出たら「名誉の戦死」で大々的に迎えられたらしいからな。
うちの近所の墓地にその頃戦死した上等兵の巨大な墓碑がある
そこの墓地で一番背が高い墓碑

こないだそこ通ったらその墓碑の前に「この墓碑の管理者がいたら連絡をください」
って趣旨の白い立て札が立っていた…

429 :名無し三等兵:2010/07/22(木) 21:08:38 ID:???
>>427
日教組が大喜びで「こいつの親は人殺しなので死んで良かった」とクラス会でリンチするだろう

430 :名無し三等兵:2010/07/22(木) 23:12:28 ID:???
>>427
状況によるでしょ。北朝鮮の船に沈められたってことになれば、それなりに怒ると思うよ。
相手がロシアだと、モゴモゴするかもしれないけどw

431 :名無し三等兵:2010/07/23(金) 00:33:51 ID:???
>>429
殺人罪でしょ。 向こうの兵士にも家族がいるんだよ。 人の命は地球よりも重いんだよ。
友達を君は銃でうてるかい?僕には撃てないね。
まず話し合い。それで解決できなければ無防備都市宣言をしてこの国は非武装中立宣言すれば
いいと思います。

432 :名無し三等兵:2010/07/23(金) 02:49:32 ID:???
非武装中立という名の生贄にはなりたくないな
むしろ非武装中立を実現できた国がかつてあっただろうか?

433 :名無し三等兵:2010/07/23(金) 03:19:32 ID:???
スレチ

434 :名無し三等兵:2010/07/23(金) 08:24:36 ID:???
>>432
チベット王国

435 :名無し三等兵:2010/07/23(金) 14:01:47 ID:???
第2次大戦後、インドネシアに残って対オランダ独立戦争に参加した残留日本兵の陣中日誌などを含む本が日本で出版された。
研究者によると、残留日本兵は千人近くいたとされるが、現在の生存者はわずか3人。
残留日本兵の貴重な一次史料で、専門家らは高く評価している。

題名は「インドネシア残留日本兵の社会史 ラフマット・小野盛自叙伝」(龍渓書舎)。
インドネシア・ジャワ島バトゥ在住の小野盛さん(90)が独立戦争当時に書いた「陣中日誌」「戦闘詳報」のほか、
2004〜08年に書いた「生涯の記」を合わせて時系列に編集した。

北海道出身の小野さんは敗戦後、ほかの残留日本兵やインドネシア兵らと一緒に日本人遊撃部隊を結成。
植民地復活を目指すオランダ軍部隊と戦い、左腕のひじから先を失ったが、独立戦争後もインドネシアにとどまった。(共同)

写真:インドネシア残留日本兵の生存者3人のうちの1人、小野盛さん=09年2月、インドネシア・ジャワ島バトゥの自宅(共同)
http://sankei.jp.msn.com/photos/world/asia/100722/asi1007221707003-n1.jpg

記事引用元:産経新聞(2010.7.22 17:04配信)
http://sankei.jp.msn.com/world/asia/100722/asi1007221707003-n1.htm


436 :名無し三等兵:2010/07/23(金) 19:45:46 ID:???
インドネシアで義勇兵として戦った小野さんにしろ
戦後に台湾に密航までして戦った根本中将にしろ
昔の日本人は義理堅かったんだね


437 :名無し三等兵:2010/07/24(土) 03:11:26 ID:???
>>431
マジで言ってるのなら死ね非国民
頭がお花畑な左翼の稚拙な論理をまき散らかすな

438 :名無し三等兵:2010/07/24(土) 14:15:28 ID:???
昔は>>431のような発言を見聞すると頭が沸騰したもんだ。

年をとったら、少し変わった。戦死された英霊諸氏は、>>431のような発言や
>>437の発言を見て、「自分の考えを堂々と言えるような世の中になったことは
日本の進化だなー」と感じているのではないかと。

もうすぐ8月15日だね。
オジキの墓参りに今年も行こう。もう一人のオジキは昨年他界した。海軍陸戦隊
から学校に行きなおして戦争終結時は回天乗組員。
弟である俺のオヤジは、話がループしながらも兄を今も尊敬していることが
わかったよ。

439 :名無し三等兵:2010/07/24(土) 16:25:45 ID:???
オレは毎年この時期に子供を連れて靖国神社に行っている
子供が小学生だった頃は「ここにお前達の親戚が奉られているんだよ」と言っても
ピンと来なかったようだが、最近では「いつ靖国へ行くの?」と聞くようになった
子供達は子供達なりに靖国神社の存在意義を知るようになったみたいだ
それはそれで嬉しいのだが、図体がでかくなるにしたがって
神社の境内に在る茶店のラーメンを一人二杯も食べるようになってしまった

440 :名無し三等兵:2010/07/24(土) 22:07:14 ID:???
>>438
そりゃ、戦後民主主義の誤謬に取り込まれれるよ。
思想信条の自由は保証されてしかるべきだが、
公衆の面前で他人の親族を誹謗する権利までは保証されてないよ・・・

441 :名無し三等兵:2010/07/25(日) 10:13:42 ID:???
>>440
他人の親族を誹謗した人を非難する権利もまた保障されている
といえるかもしれないが
節制のない言論は言論の自由そのものを滅ぼしかねないしな

統帥権干犯問題のように

442 :名無し三等兵:2010/07/25(日) 13:11:46 ID:???
戦前の言論統制の時代に憧れを抱くような奴が
言論統制されることは当然のこと、因果応報

言論の自由は、それを尊重しない者にまで無制限に許されるものではない


443 :名無し三等兵:2010/07/26(月) 00:22:59 ID:???
>>442
> 言論統制が行われていた旧ソ連や現在進行形で言論統制が行われている中共に
> 憧れを抱くような奴が言論統制されることは当然のこと、因果応報
>
> 言論の自由は、それを尊重しない者にまで無制限に許されるものではない
>


444 :名無し三等兵:2010/07/26(月) 19:04:37 ID:???
うちのじーちゃんシベリアで抑留中に腰に障害のこって、日本引き揚げてきてからも白浜の陸軍病院分院にしばらく入院してたらしい
その病院は今でも名前は変わってるけど病院としてのこってるらしい
温泉療法だったって

445 :名無し三等兵:2010/07/26(月) 20:15:53 ID:???
>>444
国立病院って陸海軍病院が前身らしいな

446 :名無し三等兵:2010/07/27(火) 02:39:24 ID:???
>>445
全部が全部って訳ではない。結核の療養所・・・サナトリウムから国立病院になったところも多い。

447 :名無し三等兵:2010/07/27(火) 12:36:18 ID:???
>>446
つうか陸海軍病院出身の国立病院なんて一部だろうなぁ、と思っていたら
陸海軍病院と各種療養所をまとめて国立病院にした、って経緯を知って驚いた。

448 :名無し三等兵:2010/07/27(火) 14:31:51 ID:???
陸海軍病院自体が国立だったからな

449 :名無し三等兵:2010/07/27(火) 22:13:30 ID:???
恐怖の旧日本軍731部隊へようこそ

450 :名無し三等兵:2010/07/27(火) 22:14:42 ID:???
731部隊に殺されたコリアンたちかわいそう・・・・。 

451 :名無し三等兵:2010/07/28(水) 18:18:52 ID:???
731部隊ってのは謎の多い部隊だよね
森村誠一著作の悪魔の飽食に書かれていた事が事実だとすると
何でBC級裁判で大量に裁かれなかったんだろう?
戦後の石井四郎の所在もはっきりしないしね

452 :名無し三等兵:2010/07/28(水) 18:32:10 ID:???
>>451
アメリカと裏取引したから。膨大な人体実験のデータをアメリカに渡す代わりに
戦犯として追求されないようにしてもらった。

453 :名無し三等兵:2010/07/28(水) 18:34:14 ID:???
>>452
その話って本当なの?

454 :名無し三等兵:2010/07/28(水) 19:17:18 ID:???
悪魔の飽食自体は誤認やら事実関係が不明だとかで真偽かなりあやしい代物だけどね
映画版の「黒い太陽731」とか実験シーンが有り得無さ過ぎて笑った記憶がある
いくらなんでも真空の中に人間入れたらケツから腸がニュルニュル飛び出すとか人体構造無視しすぎw

455 :名無し三等兵:2010/07/28(水) 19:35:43 ID:???
人体構造が明確になったのも

731部隊での人体実験での賜物

456 :名無し三等兵:2010/07/28(水) 19:40:01 ID:???
「ブギャアアアハハッハハハハハアッッッッ!!!ハライテwww わ、ワライジニするwwwww」

457 :名無し三等兵:2010/07/28(水) 20:52:04 ID:???
>>450
抗日ゲリラの中にコリアンがいれば同感だね。
その一方で、半島や本土で「日本人」として祖国に奉公していた人もいる。

犠牲者の大半は中国人だろ?なんでもかんでもコリアを被害者にすんなよ。
みっともない。

458 :名無し三等兵:2010/07/28(水) 21:21:01 ID:???
>>454
>いくらなんでも真空の中に人間入れたらケツから腸がニュルニュル飛び出すとか人体構造無視しすぎw
宇宙開発の事故だかで、そんな事はないって今では分かってるのにね。

459 :名無し三等兵:2010/07/28(水) 21:29:08 ID:???
世間は夏休みか

中学校の頃祖父母の家へ遊びに行くと、いつも戦争の話聞こうとしてたっけ
でもどこか申し訳ないような気がしていつも遠慮がちに聞いてたな

そしてテレビに流れているのはいつも高校野球だった

460 :名無し三等兵:2010/07/29(木) 00:02:08 ID:???
ノモンハンでは石井部隊は腸チフス菌をばらまいて
金鵄勲章を貰ってるからね

461 :名無し三等兵:2010/07/29(木) 00:33:22 ID:CihQ6k5W
生前、大日本帝国軍人だった爺さんが
アメリカ人の発するリメンバー・パールハーバーと言う言葉に酷く憤慨していた。

そこでリメンバー・パールハーバーと言ったら
やらせのトンキンおまえもな!
とか、上手く言い返したい!
勿論英語でだが日本の歴史に残るような
反撃の名セリフを誰か教えてくれ。

盆に帰ってくる爺さんのためにもヨロシク。




462 :名無し三等兵:2010/07/29(木) 00:36:03 ID:???
満州事変起こしといて言えた義理か。

463 :名無し三等兵:2010/07/29(木) 00:38:34 ID:???
http://www.ytn.co.kr/_ln/0104_200703100404357601

http://www.excite-webtl.jp/world/korean/web/?wb_url=http%3A%2F%2Fwww.ytn.co.kr%2F_ln%2F0104_200703100404357601&wb_lp=KOJA&wb_dis=2&wb_submit=+%E7%BF%BB+%E8%A8%B3+

私たちの祖父の世代ははっきりいって鬼畜だったよね・・・・。

464 :名無し三等兵:2010/07/29(木) 00:51:35 ID:???
>>463
そう思うなら自分の私財を投げ打って中韓に謝罪してこい、
条約で決着済みと考えててる俺たちに同意を求めるな。

465 :名無し三等兵:2010/07/29(木) 01:12:59 ID:???
8月に新たな謝罪をするようだから賠償の話もでるだろうね。

466 :名無し三等兵:2010/07/29(木) 01:56:33 ID:/PcUFW/+
スレ違いだったらすまん・・
今、手元にじい様の軍事手帳があるんだが・・・・
正確に読めねぇ〜〜〜ww

旧漢字むずいw

需要があれば書き込みます。<(__)>

467 :名無し三等兵:2010/07/29(木) 03:31:56 ID:???
466が横書きの文章を左から右に読んでいる、に500ドン

468 :名無し三等兵:2010/07/29(木) 04:20:29 ID:/PcUFW/+
>>467
残念、すべて縦書きだw
旧漢字だじ、じいちゃん達筆だし、読みにくいぜw

469 :名無し三等兵:2010/07/29(木) 09:02:32 ID:???
おじさんとこ行ったら軍隊手帳ぐらい残ってるかなぁ
入営時の写真カードケースにいれて保管してたから
ただ、戦友会の名簿が食器棚の前に落ちていたのはちょっと…

470 :名無し三等兵:2010/07/29(木) 18:11:54 ID:???
>>468
接写モードで写真撮ってうpってくれれば解読くらいできる猛者が現れると思うよ
ちなみにスレはここで合ってる

471 :名無し三等兵:2010/07/29(木) 20:58:58 ID:???
うちの爺様は、終戦後引き上げの際に部隊で兵隊とわかるものは全部埋めて来たと言ってた。
手帳も埋めたといってたなぁ・・・
本人曰く、陸戦隊の上等水兵だったとの事。
手帳があれば色々爺さんのこと知ることが出来たのにな〜

472 :名無し三等兵:2010/07/29(木) 21:55:14 ID:???
オレの伯父さんは海軍にいたんだが
終戦と同時に全てを海軍に返したと言っていた
伯父さんのかぶっていた“大日本帝国海軍”と書かれた水兵帽が欲しかったのに・・・。

473 :名無し三等兵:2010/07/29(木) 22:14:26 ID:???
>>472
終戦当時に子供だった人がいってるみたいに見える。
まさかねえ・・・

474 :名無し三等兵:2010/07/30(金) 01:54:40 ID:???
ネトウヨの創作話って気持ち悪い

475 :名無し三等兵:2010/07/30(金) 09:09:19 ID:???
>>473
あんがいここの年齢層は侮れなくてな

476 :名無し三等兵:2010/07/30(金) 09:18:45 ID:???
ドラえもんの戦争話が
パパの子供の時じゃなくて
爺さんの子供の時になっていたのは
驚いた。

年取るわけだ。はあ

477 :名無し三等兵:2010/07/30(金) 19:09:42 ID:???
ということは伯父さんのビルマで像に合った話も改変されるのかな
すでに無かったことになってそうだが

478 :名無し三等兵:2010/07/30(金) 22:55:58 ID:???
>>477
ビルマで動く仏像か何かに会った?

479 :名無し三等兵:2010/07/30(金) 23:03:25 ID:???
>>478
流し読みで象とあるべき所が像なの見落としてたw

480 :名無し三等兵:2010/07/31(土) 01:07:54 ID:???
>>479
突っ込み損ねても、まだあるぞ?
「像に合った」ってのも、何かの像にピントが「合」った?と突っ込めるけどね。

481 :478:2010/07/31(土) 01:46:25 ID:???
>>480
レンジファインダーかw
二重の像が重なって一つになるとピントが合うんだよな。
俺のライカは目が悪いせいもあってか像が見にくいんで
ピントがイマイチ合わせにくい。

482 :名無し三等兵:2010/07/31(土) 02:24:09 ID:???
>>481
つ レンジでも視度調節 

483 :名無し三等兵:2010/07/31(土) 13:34:59 ID:???
>>481
デジカメのフルオートは便利ですぜ

484 :名無し三等兵:2010/07/31(土) 13:41:26 ID:???
カメラ談義のスレじゃないんで、とっとと帰ってもらえますか

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